2011年5月21日
第9陣

メンバー
・釜石地区
 清水雄三(愛媛、28期)
 山口剛史(臨床心理士)
 田山未和(臨床心理士)
・登米・南三陸地区
 澤田 努(高知、14期)コーディネーター
 宮本健史(高知、12期)
 森光玲雄(臨床心理士)
 中村加代子(臨床心理士)

<釜石地区>
 釜石地区での活動は大きく分けて、1)避難所の巡回診療を月から土曜日の毎日、2)県立釜石病院における夜間当直を2回、の2点が挙げられる。これらはプロジェクト初期の頃から実施されており、第9陣でも引き継いだ。
 今回の第9陣での変更点としては、医師が2人派遣から1人派遣となったことが挙げられる。それに伴い、第8陣が2チームに分かれて毎日巡回していた避難所の18ヵ所のうち、A地区(10ヵ所)を月水金に、B地区(8ヵ所)を火木土と隔日巡回に変更になった。仮設住宅への入居が徐々に決定しており、また交通の便も改善されてきており、避難所での医療の必要性が低下している時期であったため、大きな混乱はなくスムーズに移行できた。
 夜間当直に関しても、前陣までの2人医師派遣だと2人×2回=4回の当直支援が可能であったが、1人医師だと2回の当直支援が限界となる。支援に行きたいけれども長期の休みが取れない場合、この当直をはさんだ日程が望まれるが、強行スケジュールでは支援者の負担が大きくなるため、支援者のケアも必要になってくると思われる。
 同行した臨床心理士チームでは、市職員で遺体(捜索、搬送、安置)に関わるなどハイリスクの方に対して面談を実施した。他のこころのケアチームや地元の保健師も活動しており、その会合にも参加した。消防職員には全国共通のケアがあるようだが、医療従事者、介護・福祉職へのケアが少ない。具体的に面談を設定する段階ではないが、ニーズを探りながら調整を進めたい。

<登米・南三陸地区>
 南三陸町の代表対な避難所であったベイサイドアリーナは閉鎖され、避難者は別の避難所等に移されることになり、医療統括本部も解散。志津川病院仮設診療所では、避難所での医療(災害医療)から保険診療に切り替わることになった。これは、志津川病院に勤務する多くのスタッフを継続して雇用していくために必要なこと。今後は、西澤医師や渡辺医師、地元開業医などを中心として外来を運用していく方針。志津川病院よねやま病棟(39床うち、一般27床、療養12床)が6月以降は、仮設診療所での外来は主に地元医師を中心として、継続的な顔の見える身近な診療を目指していくのに対して、我々自治医大チームは「黒子に徹し」、後方支援として病棟管理を行う方針。よねやま病棟まで車で30~40分の距離があり、仮設診療所とよねやま病棟にそれぞれ1名ずつ当直を置く予定。南三陸町の被災者が多く避難する登米市について 南三陸町に隣接する登米市には、家屋を失った数多くの被災者を積極的に受け入れている。それらの避難所があるエリアで後方病院としての中心的役割を担う病院が、米谷(まいや)病院と豊里病院が2施設であり、我々としては、米谷(まいや)病院に対しては、当直支援(一人週1回)を行い、豊里病院については、附属診療所である津山診療所への外来支援を行うことで間接的な支援を続けていく方針。豊里病院附属津山診療所は、第8陣までは月曜日から金曜日まで毎日外来診療を続けていたが、6月からは当直業務などが増えてくるため、外来を月・水・金の週3日に縮小する。また、この診療所の2Fにある医師官舎を、第10陣以降の宿泊場所の拠点として活用できる。壊れていた玄関の鍵とボイラーが修繕され、入浴やシャワーも可能。6月からのローテーション表(フレーム案)を作成した。

2011年5月14日 南三陸町医療統括本部

臨床心理士について
登米(とよま)地区(登米公民館・武道館:190名)と津山地区(若者総合体育館:145名)の2か所の避難所をボランティアとしての活動拠点として担当することになった。特に、後者の避難所(若者体育館)は、我々が担当する津山診療所が後方の受け入れ医療機関となっており、避難所で体調の悪い方や診察が必要な方については、津山診療所に受診するように勧められる。色々な意味で津山診療所と連携の深い避難所で「ボランティア」としての活動を行うと共に、許される範囲での「声掛け」や「会話」を行う。毎週水曜日の午後は、南三陸町で定期開催される「保健師会」にオブザーバーとして出席をし、南三陸町のメンタルヘルスについての動きや進捗状況をしっかりと把握することに努める。現状では、南三陸町内では実質的な臨床心理士としての実質的な活動を行えるタイミングではなく、しばらくは避難所でのボランティア活動を通じて被災者の方々と直接接して支援を続けていきながら、南三陸町での臨床心理士としての活動が開始できる時期を待つ。


第9陣 釜石地区 清水雄三
コーディネーター 澤田努