2011年6月25日
第14陣

メンバー
・釜石地区
 水田憲利 (兵庫、25期)
 稲森絵美子 (臨床心理士)
・登米・南三陸地区
 牧信行 (千葉、21期) コーディネーター
 伊藤みのり (三重、25期)
 赤川直子 (臨床心理士)
 堂谷知香子 (臨床心理士)

<釜石地区>
 当プロジェクトからの釜石地区メンバーは水田1名であったが、第14陣は自治医大本院から派遣の目黒医師(茨城、28期)と共同で活動した。活動の内容は支援開始当初から引き継がれている、週2回の当直と避難所巡回診療などであった。
現在は仮設住宅の建設・入居が順次進み、日中の避難所での医療ニーズはかなり減少している。このため6/27からは避難所巡回診療は午前中のみに限定した。ただし釜石医師会からの要望もあり、巡回診療自体は7月以降も継続することとなった。避難所ではハエの大量発生などの衛生面悪化の懸念、仮設住宅入居に伴う引きこもりなどの心配もあり、保健師の定期巡回とともに病院と市が共同での活動を検討中である。6/23から稼働した福祉避難所(清風園)の訪問診療も実施した。今後のニーズ変化によって、我々の活動もそれに合わせて変えていく必要があると考えられる。
 心理士(稲森)は避難所巡回に同行した。仮設住宅の抽選に当たらない被災者のストレスなどにも対応したが、心理ケアのニーズも医療同様に避難所から仮設住宅入居者にシフトしつつあるかどうか、今後市職員などとの情報交換が必要と思われた。また、今回から臨床心理士による病院スタッフへのレクチャーも実施した。

<登米・南三陸地区>
 南三陸では4/18仮設診療所(現公立南三陸診療所)開設,5/14医療統括本部解散,6/1志津川病院よねやま病棟開設と地元医療者による再生の取り組みが続いており、我々の活動もそれに合わせて医療統括本部からよねやま病棟の支援へとシフトしている。第14陣でもよねやま病棟を中心に、後方施設である津山診療所外来,米谷病院当直、および南三陸診療所の当直(伊藤,牧各1回ずつ)の支援を行った。
 我々の活動中の6/17に国境なき医師団(MSF)チームが活動を終了し、かわりに埼玉県三郷市医師会副会長の青木成夫先生が個人としてよねやま病院,南三陸診療所の支援に入ることになり、5月から志津川病院常勤医となっている渡辺医師(宮城、30期)などとも連携しながら支援にあたった。よねやま病棟は6/15から療養病棟の稼働も開始しており、被災当初周辺地域に転院させた患者たちの受け皿としての機能も発揮しつつあったが、沿岸部の南三陸診療所と内陸部のよねやま病棟は34kmも離れており、互いの意思疎通やそれぞれの施設ごとの医師確保の必要性が課題であった。また、今後JMU RED SPメンバーとして支援をつないでいく医師が減少しつつあることには、南三陸のみならず津山診療所や米谷病院でも強い危機感をもっていた。他からの支援が終了した今こそ、地域医療の経験ある自治医大卒業生ならではの支援ができることは間違いない。ここまで続いてきた医療支援の灯が今後も続いていくことを、願わずにはいられない。
 心理士(赤川・堂谷)は登米市内避難所等での活動とともに、南三陸ベイサイドアリーナ横にある、カフェあづまーれでも被災者と接する活動を行った。ところがこのカフェを運営するMSFチームの活動が終了するため、今後のカフェ存続のための町当局や各団体間の連絡調整を行った。その結果6/28よりカフェは歌津地区の仮設住宅近くに場所を移し、町社会福祉協議会とボランティアセンターがMSFに代わって運営することになった。被災者が自由に立ち寄り、メンタルケアを受けられる場としてのカフェが今後も存続することの意義は大きい(写真は移転後のカフェ:7月6日撮影)。

カフェあづまーれ

<おわりに>
 ほとんどが互いに初対面で災害医療の経験もない我々が無事に活動することが出来たのは、我々を非常に大事にして下さった派遣先医療施設などの現地スタッフの皆様のおかげであり、皆様から逆に学ばせて頂いたことは何物にも代えがたい。今回お世話になった方々に心から感謝を申し上げるとともに、今後も多くの同窓生がこの活動に参加されることを期待したい。

第14陣コーディネーター 牧 信行