2011年7月15日
第17陣

メンバー
・釜石地区
 益子尚子(栃木、30期)
 熊谷秀樹(臨床心理士)

登米・南三陸地区
 尾崎隆之(静岡、11期)
 中村朋子(岐阜大、97年卒)
 浦上涼子(臨床心理士)
 山崎綾乃(臨床心理士)

<釜石地区>
 第17陣は自治医大本院から派遣の野田医師と共同で活動を行った。主な活動内容は、毎日の避難所巡回診療(2コース隔日)、釜石病院の週2回の当直と、大槌仮設診療所の外来診療支援であった。
避難所は仮設住宅の建設・入居が進み、日中の医療ニーズが低下したことから私たち17陣(7/15)をもって避難所巡回診療は終了を迎えた。連日の猛暑のため体育館などの避難所はかなりの暑さとなっていたが、衛生環境は比較的整理されており、扇風機、冷風機の設置も進んでいた。今後は仮設住宅入居に伴う引きこもり、体調不良者の早期発見などが課題に上がりそうだ。退院後中間施設「清風園」も少しずつ患者が増えてきており、中間施設としての機能が構築されつつある。
大槌仮設診療所は6/27に開院し、内科だけで100人/日の患者が受診し、外科、眼科、整形、皮膚科が非常勤で診療されている。私たちは月・火・木の午後の外科診療を担当したが、患者は2~3名程度で小外科や整形が主であった。
当直は一次救急科から三次救急まで多岐に渡る患者が受診を希望されてきており、釜石病院遠藤院長の「救急要請の患者さんを断らない」をモットーにほとんど受け入れていた。猛暑の影響で熱中症の患者がやや目立った印象がある。幸い避難所からの救急搬送はなかった。釜石病院は現在病棟のほとんどが耐震補強中であり、病床数は約60床しか機能していないが、8/17に270床全病棟オープン予定であり、その後は急速に忙しくなることが予想される。
 心理士(熊谷)は避難所巡回に同行し、単身避難者たちの仮設住宅へ移る不安などに耳を傾けた。また、院内レクチャーを行い自分の職場について説明を行った。その他院内職員面接を2ケース受け持ち、60分から90分の面談を行った。保健師からの面接要請もあったが日程が合わず実行はできなかった。今後は巡回診療が終了してしまうため、遠藤院長、吉田副院長と相談しながら地域への支援活動を拡げていく予定である。
 今回は貴重な体験をさせて頂くと同時に改めて自治医大同窓会の強い絆を感じることができた。参加に協力して下さった多くの方々に感謝を申し上げたい。
益子尚子

<登米・南三陸地区>
医療チームの活動
 医療チーム2名は、8日間の活動期間中に、公立南三陸診療所の当直1回、公立志津川病院よねやま病棟の病棟業務と当直、市立津山診療所の外来3日間、と市立米谷(まいや)病院の当直2回、福祉避難所の巡回をおこなった。

1. 公立南三陸診療所:当直
  南三陸町のベイサイドアリーナと同じ敷地にあるプレハブの診療所で木曜の晩に当直をした。寝泊まりは隣接するトレーラーハウスである。7月上旬は東北地方でも珍しいほどの暑さで、朝8時から気温は30度を越え、日中は汗だくになり、何処からともなくやってきた蠅が飛び回り、夜間は寝苦しい状態が続いていた。
 この週の中頃、診療所とトレーラーハウスにエアコンが入ったことは、暑さに疲労していた現地スタッフにとって朗報となった。
 幸いこの夜の急患は5名ほどで、蜂刺傷、擦過傷、釘刺傷などであった。
 夜間にこのエリアで受診できる医療機関は現在この診療所だけである。もし受診できなければ1時間近くかけて内陸の医療機関に受診しなければならい。周辺地域に集団避難所を抱える公立南三陸診療所は、被災地前線のなくてはならない医療機関であった。
 入院病床がここになくても急患を24時間受け入れる体制をとっている理由が理解できた。

2. 公立志津川病院よねやま病棟:病棟業務と当直
 南三陸町から車で1時間内陸にある市立米山(よねやま)診療所に間借りしている公立志津川病院の病棟(39床)で、我々は病棟業務と土日の当直業務の支援をおこなった。ここは志津川病院の病棟部分が、スタッフと患者さん丸ごと引っ越すという体制で稼働している。「今、自分たちができることをやろう」というスローガンで頑張っている看護師さん達をみると頭が下がる。
 3.11の時にヘリコプターで石巻赤十字病院に搬送され、遠く山形県の病院へ転院となり、最近になってようやくこの病院に戻ってこられた患者さん達がいる。多くの人々の努力によって命が繋がれたことを実感した。

上記のほか、市立津山診療所の外来(月・水・金)と市立米谷(まいや)病院の当直(週2回)、福祉避難所の巡回をおこなった。


登米市立津山診療所
登米市立津山診療所

心理士チームの活動 "カフェあずまーれ"
 今回、同行した心理士チームは第10陣目となった。歌津(うたつ)平成の森キャンプ場という南三陸町外れの多目的施設にある避難所に屋外にテントの屋根を張り、30人ほどが座ってくつろげるスペースを提供する"カフェあづまーれ"を前陣から引き継いだ。あづまーれとはこの地方の言葉で「みんな、集まれ」という意味があるそうだ。先陣からの積み重ねで、ようやく心理士がこの地で安定した活動が行えるようになった。避難所に入所している方に無料でドリンクを提供し、安心して集まれるコミュニティの場を目指した。本陣では利用者が1日あたり60-70人と前陣よりもさらに増加した。
 南三陸町では、国から委託された岡山県の「心のケアチーム」が3月の頃から組織的に活動している。同窓会プロジェクトの心理士チームは、西澤先生(公立南三陸診療所)の指導に基づいて活動を行うという条件で、岡山県チームから活動を認められている。
 オープンカフェという形態で行われている臨床心理士達のこの活動は、被災者が仮設住宅に引きこもりがちな今の時期に適しており、地元でも高い評価を得ていた。
カフェあづまーれ遠景
"カフェあづまーれ"


最後に、7月上旬の医療支援のあり方について
 7月現在、南三陸町の医療体制は計画的に復旧が行われている。急性期に派遣された外部からの医療チームによる支援は終了し、地元医療機関の再開を異例の早さでおこなった。こうした状況のもと、第17陣の活動は被災地南三陸町での直接的支援と言うより、むしろ当直や病棟業務を行う登米市内での後方支援が主体であった。これは平常時医療体制への移行を不足なくおこなうための内側からの支援であった。移行期というこの難しい時期の被災地支援は、自治医大同窓会だからこそ行える。南三陸町に必要なのは、住民に手が届く距離の地域医療であるからだ。
 震災から4か月経った今も風呂も満足に入れない集団生活を強いられている被災者がまだまだいる 。こうした状況下で現地の地域医療を支援することが、被災者の支援に繋がっている。
 私は自治医大卒業ではないが、この度ご厚意で参加させて頂いた。深く感謝申し上げる。自治医大卒の医師達は、各地で地域医療を実践し同じ経験値を持つ優れた臨床家であるからこそ、このプロジェクトが成り立ち、被災地での診療に貢献できていると感じた。
岐阜大97年卒 中村朋子