研究活動
ヒトの体は一つの受精卵からはじまり、時間的空間的に厳密に制御されたシグナル分子や転写因子のネットワークによって、数多くの異なる機能を備えた細胞集団からなる個体になる。多くの難治性疾患は遺伝子機能の異常や発現の異常によっておこるが、発生過程にかかわる遺伝子異常による疾病も数多くみられる。私達はNa,K-ATPase遺伝子の転写調節因子を解析する過程で新たな遺伝子ファミリーSixを同定し、その転写制御機構や生体機能の解明をめざしている。Sixの協同作用因子であるEyaやDachとの相互作用の様式、Sixタンパク質が制御する標的遺伝子群の解析、Six遺伝子欠損マウスの表現型の解析を柱に研究を進めている。(1)Six遺伝子群の構造と機能および転写制御機構Six遺伝子群はショウジョウバエの眼の発生に必須なsine oculis(so)遺伝子と顕著な相同性がある新規ホメオボックス遺伝子群である。種々の生物種で同定されたSix遺伝子群はその相同性から3つのサブグループに分けられる(図1)。
図1
Six遺伝子産物と協同して働く遺伝子として、Eya遺伝子群が知られている。1997年BOR症候群の原因遺伝子の一つとしてEYA1が同定された。EYAのショウジョウバエホモログであるeyaはsoと相互作用し、複眼の形成を協調的に促進する。また、eyless、dacなどeyaとsoの上流や下流に位置する遺伝子が複雑な制御ネットワークを形成して複眼の形態形成を司っている。ニワトリの筋肉においてもPax3-Six1-Eya2-Dach2による遺伝子ネットワークが筋分化を司ることが示された(図2)。

図2
Six1/2およびSix4/5のサブグループはEyaとの協同作用がみられる。Eyaの核移行とSix-Eya複合体形成によってSixの標的遺伝子が活性化される(図3)。また、EyaとDachとの間の協同作用にはCBPが関与し、DachがDNA結合活性を有することが最近明らかになった。(図4)

図3 (Eya3は細胞質に分布する) (Six5-Eya3複合体は核に移行する)

図4
(2)Sixタンパク質の標的遺伝子の検索
Six5は筋緊張性ジストロフィー(DM1)の原因となるCTGリピート下流に存在するDMAHP遺伝子と同一である。DM1の原因のひとつはCTGリピートによるDMAHP/Six5の発現低下であると考えられている。その病態にかかわる分子機構解明を解明するためにSix5タンパク質によって制御される標的遺伝子の同定を行った。VP16-融合Six5およびVP16-融合Six5W241R(特異的DNA結合能を失ったSixタンパク質)を発現するアデノウイルスを構築し(図5)、P19胚性ガン細胞に感染した結果、VP16-融合Six5で特異的に誘導され、VP16-融合Six5W241Rでは誘導されない遺伝子群をマイクロアレーで同定した(表1)。
Six1およびSix4は感覚器、脳神経節、骨格筋、腎臓などの器官形成に必須であることが遺伝子欠損マウスの解析から明らかになってきた。腎臓形成におけるSix1およびSix4の標的遺伝子を後腎間葉由来mK4細胞を用いてスクリーニングした結果、表2に示す遺伝子同定された。発生過程で細胞増殖や分化に関わる遺伝子のみならず、イオンチャンネルなど腎臓の最終分化を特徴づける遺伝子群もSix1やSix4の標的となっていることが明らかとなった。
Six1/Six4二重欠損マウス胚において、Slc12a2、FigfおよびCol2a1の発現低下が観察され、生体内でも標的遺伝子となっていることが確認された。
(3)Six1遺伝子とパターン形成
私たちはSix1遺伝子欠損マウスを作成、解析することにより、耳、鼻、腎臓、胸腺、骨格筋等の多くの器官構築が影響を受けることを見いだした。内耳においては耳胞の形成は外見上正常にみえるが、出生時には蝸牛、前庭、半規管など、内耳の多くの構造が生じない(図6)。器官形成におけるSix1の役割を解明するために、耳胞における部域化に関連した遺伝子の発現を精査した(図7−9)。野生型耳胞の腹側部分を中心に発現するOtx1、Otx2、Lfng、Fgf3、Bmp4などの発現はSix1欠損マウスで消失(図7)。これに対し、野生型耳胞の背側を中心に発現するDlx5、Hmx3、Dach1、Dach2の発現領域は腹側に広がった(図8)。一方Six-Eya-Dach遺伝子ネットワークを形成する遺伝子群Pax2、Eya1、Six4などの発現には変化がなかった(図9)。これらの結果はSix1が耳胞の領域化を特徴づける複数の遺伝子群の発現調節に関わり、耳胞でのパターン形成に重要な働きをしていることを示す(図10)。

図6 内耳の形態変化

図7 耳胞腹側マーカー遺伝子の発現抑制

図8 耳胞背側マーカーの発現領域拡大

図9 Pax-Eya-Six遺伝子の発現

図10 Six1と耳胞パターン形成
(4)Six1遺伝子と細胞分化
嗅上皮では、嗅細胞(神経)、支持細胞、基底細胞、腺細胞など多様な細胞が分化し、整然とした上皮構造を形成する。Six1欠損マウスでは鼻の形成が異常になる。嗅細胞としての分化や嗅球への投射はなくなり、上皮構造が大きく崩れてくる。Six1が細胞分化や上皮構造の維持にどのように関わっているかを明らかにしつつある。
(5)ナトリウムポンプ遺伝子の生理機能
ナトリウムポンプは細胞内のナトリウムイオンを放出し、カリウムイオンを取り込む能動輸送ポンプである。触媒サブユニットであるαには4種のアイソフォームが存在し、発現部位が異なる。骨格筋、心筋及び脳に特異的に発現するalpha 2サブユニット遺伝子を欠損するマウスを作成したところ、次のような表現型を得た。
1. ホモマウスは生直後に動くことができず、呼吸不全で死亡する。
2. 出生直前(E18.5)では、扁桃体および梨状野で神経細胞の縮退がみられる。
3. 神経細胞の縮退はc-fosの発現増強から、神経の過興奮の結果と考えられる。
4. 脳内神経伝達物質の含量(グルタミン酸、GABA、セロトニン)が増加する。
5. グルタミン酸、GABAの神経細胞への取り込みが低下する。
6. ヘテロマウスにおいては、恐怖・不安行動の昂進が見られる。
7. へテロマウスは生後5-6ヶ月以降過食による肥満を示す。
これらの観察からナトリウムポンプalpha 2サブユニットは神経伝達物質のトランスポーターによる再吸収過程に関与し、遺伝子欠損の結果神経興奮が生じ、神経細胞死がおこされたと考えられた。扁桃体の異常はヘテロマウスでは、組織学的には確認されなかったが、恐怖・不安行動の昂進が観察されたことから、機能的な異常がおきていることが示唆された。

図11 ナトリウムポンプalpha 2サブユニット遺伝子欠損ホモマウスにおける扁桃体の変性
(A−C)ヘマトキシリンエオシンによる染色、スケール1mm、(D−F)スケール250μm (G−I)TUNNEL法によるアポトーシスの検出 スケール1 mm
ホモマウスでは扁桃体(*)に限局して神経細胞の密度が低下(CおよびF)
アポトーシスをおこした細胞数がホモマウスで増加(I矢印)

図12 ナトリウムポンプalpha 2サブユニット遺伝子欠損マウスにおける恐怖.不安行動の昂進
明暗ボックス(A−D)高架十字迷路(E−G)条件付け恐怖におけるフリ−ズ(H)
呼吸運動が全く観察されないことの原因を探るために、脳幹脊髄ブロック標本を野生型とalpha 2遺伝子欠損マウスから調製し、光学測定により神経活動をモニターした(図13)。野生型ではリズムジェネレーターの領域に抑制的神経活動が見られるのに対し、alpha 2遺伝子欠損マウスにおいては興奮生の神経活動が見られた。この原因は神経細胞内でのClイオン濃度の上昇によるものであり、alpha 2サブユニットと神経細胞でのClイオン輸送体であるKCC2との機能共役が示唆された。

図13 赤はパターン形成ニュロン群による神経活動。青はリズム形成ニューロン群による神経活動。
ヘテロマウスは明期における過食を示し、そのために肥満となる。過食の原因は不明であるが、恐怖不安行動が亢進していることから、ストレスを多く感じるためである可能性も考えられる。

図14 左はへテロマウス、右は野生型マウス。