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同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

患者さんの希望により…

自治医科大学 地域医療学センター 公衆衛生学部門 阿江竜介(兵庫26期)

阿江竜介医者になってすぐの頃、紹介状(診療情報提供書)の書き方を指導医から教わった。文頭の「御机下」あるいは「御侍史」にはじまり、「御高診」や「拝診」など、とにかく恐ろしいほどにかしこまる独特の作法に衝撃を受けた。あれから10年以上経つが、今では自分の名前の後ろに条件反射で「拝」を付け加えることが体に染みついている。かしこまる作法のほかに、多くの定型文もマスターした。たとえば「平素よりお世話になっております」や「ご多忙のところ恐縮ですが精査加療をお願いします」などの言い回しだ。

研修医の頃、この定型文に対して疑問を抱いたエピソードがある。兵庫県から愛知県への紹介状を作成したときのことだ。例のごとく「○○先生御机下」と記載したあと、いつもの流れで「平素よりお世話になっております」と記載した。だが、よく考えてみると、紹介先はかなり遠方にあり、実際には「平素からお世話になっていない(なりようがない)」ことに気がついた。悩んだ末に上級医に相談したところ、「紹介状は内容が大事であり、文頭の挨拶文はすべて『平素よりお世話になっております』で支障はない」と言われた。狐につままれたような気分になったのを覚えている。

私がどうしても突っ込みたくなる定型文がひとつある。「患者さんの希望により御高診をお願いします」である。紹介の根拠が「医者の判断」ではなく「患者本人の希望」という言い回しだ。極端に解釈すれば、紹介元の医者が「自分の意志で紹介していません」と言っているような定型文である。高次医療機関に宛てた紹介状ではこの定型文がけっこう使われているように思う。へき地で勤務していた頃、実は職場の上司がキメ台詞のようにこの定型文を使いまくっていた。正直なところ私は、この定型文が使われた紹介状には書き手である主治医の誠実さをまったく感じない。この定型文をみると「これって本当に患者本人が希望したのか?主治医としての意見や判断はないのか?責任逃れでもしたいのか?」と突っ込みを入れたくなる(心の中で)。

紹介状の書き方について、研修医時代の指導医から教わったことが他にもある。「受け取る相手の気持ちを考えて書く」ということだ。最低限の手紙のマナーだと思う。文字が汚すぎて読めないのは論外だが、書き手の誠実さが感じられない紹介状もどうかと思う。紹介状を受け取る医者の立場を見極めつつ、「患者に対してベストを尽くしたい」という主治医の誠実な思いが込められた内容をしたためたい。たとえば、「診断あるいは治療にとても困っているので助けて欲しい」とか、「自分だけの判断では不安なので専門科医の助言が欲しい」など、自分の自信の無さや未熟さが多少バレるような内容であったとしても、主治医の正直な思いが詰まった紹介状は受け手の心にきっと伝わるに違いない。かしこまりの作法や定型文が単なる「お飾り」になってしまわぬように、紹介状を通じて医者同士がお互いに尊敬しあえる関係を築きたい。感情的すぎる表現は公文書として不適切だが(私は昔よく叱られた)、適切な言葉を選んで書かれた紹介状のやりとりがお互いの絆を深めると私は思う。