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同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

元気を測るモノサシ

自治医科大学 地域医療学センター
公衆衛生学部門 阿江竜介(兵庫26期)

阿江竜介へき地にいた頃の話だ。拙い文字で「おじいちゃん、はやく元気になってね」と書かれた手紙が一人の患者のベッド脇に貼ってあった。孫からの手紙だった。今でもよく覚えているが、その患者は末期ガンだった。手紙を書いた孫本人は、おじいちゃんの病気のことなど知らなかったに違いない。だが、孫にとってそんなことは関係ない。孫の願いは単純に「おじいちゃんが元気になり、退院すること」だからだ。入院後しばらくして、おじいちゃんは退院した。病気が治ったからではない。元気になったからである。

「病気が治ること」は「元気になること」の十分条件であり、必要条件ではない。確かに「病気が治る→元気になる」というコースが理想的ではあるが、末期ガンのように治らない病気もある。加齢に伴う心機能低下や、筋力低下→寝たきりにしても同様だ。老化は治しようがない。だが、病気や老化は治らなくても、元気になれば退院できる。背景に病気や老化があったとしても、入院患者の目標は「元気になって退院すること」だろう。だから、特に末期ガン患者や高齢者に対する医者の仕事は、「病気を治すこと」ではなく「元気にすること」を念頭に置くべきだと私は思う。

だが逆に、病気が治っても元気にならない場合がある。たとえば高齢者が「抗菌薬で肺炎は治まったのに、食欲が改善せず衰弱してゆく」といった例だ。こういう例に対して「もうトシですから仕方ありませんね」と説明する医者も少なくないように思う。だが、本当にそうか。病気の治療方針は正しかったとしても、その患者を元気にするケアの方法が他に何かあったかもしれない。

もし世の中に、元気になったかどうかを測れる標準的なモノサシがあれば、病気の治療に併せて、患者を元気にできる様々なケアの方法が提案されるに違いない。そうすればもっと多くの患者がハッピーになるだろう。へき地にいた頃、私はずっとそんなことを考えていた。やがて私は、世界で使われるGENKIのモノサシを作ってやろうと決心した。学術の作法を学ぶために、後期研修では大学を選んだ。縁があって義務年限後も大学に戻ることにしたが、その目的は「元気を測るモノサシを作る」という課題に挑戦し続けるためである。志は変わっていない。

へき地医療を通じておもしろいアイデアを発想した後輩には是非、大学で研修することを勧めたい。もちろん義務年限後も。大学には自分のアイデアを具現化するチャンスがある。ビジネスに興味がある人ならば、産学連携のチャンスもある。文部科学省なんて、産学官連携による「知」の創造と活用にやる気満々だ。語源の通りUniversity(大学)は「知が集まる場所」であり、「知」を創造するには最適のところだと私は思う。