入試案内

HOME > 入試案内 > 医学部入試案内 > 卒業生等からのメッセージ > 同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

先生がワシの生活に合わせて下さい

自治医科大学 地域医療学センター 公衆衛生学部門 阿江竜介(兵庫26期)

阿江竜介義務年限の後半に、私は鳥取との県境にある小さな病院に派遣された。この病院がある自治体は小さな港町なのだが、実はホタルイカの漁獲量は日本最大級であり、特に有名なのは松葉ガニ(ズワイガニ)だ。毎年11月から春先にかけて、町の漁師は忙しくなる。

ひとりの患者が今でも印象に残っている。糖尿病で私のところに通院していたカニ漁船の船長(当時50歳代)だ。カニ漁は過酷である。冬の日本海では、沖に出ると電柱くらいの高さの大波が近づいてくることもあるそうだ。船から落ちたら確実に死ぬらしい。だが、船長の仕事はさらに過酷である。1回の出船で、船長は5日間ほどハンドルを握り続ける。漁場(ポイント)への移動に半日以上かかることもある。海底に棲むカニには魚群探知機が無効なので、漁場選びは船長の腕次第だ。漁場では底引き網を使ってカニを獲る。1時間ほど船を走らせたあと網を巻き上げ、船上で待つ漁師たちが網の中身を仕分けする。実は船長が眠れるのはこのタイミングだけ。カニがたくさん獲れたときは(仕分けに時間を要するので)長い睡眠時間が確保できる。だが長くても1時間程度しか眠れない。出船中はこの作業をずっと繰り返す。帰港後は2日ほど休んでまた次の漁に出てゆく。こんな生活が5ヶ月ほど続く。カニのシーズン中、船長は慢性的な睡眠不足と不規則な生活を強いられる。船長自身もシーズン中は血糖コントロールが急激に悪くなることをよくわかっていた。漁師たちが自分の健康を犠牲にしてカニを獲ってくることを知り、私は「カニは高くて当たり前」と思うようになった。いよいよカニのシーズンが始まろうとする頃、船長が私にこう言った。

「船長としてワシは同乗者(他の漁師)を食わせていく責任がある。船のローンや燃料費も払わなあかん。この町の漁師にとってカニの時期が一番大事なときや。糖尿病には『一日三食、規則正しく』とか『食べ過ぎたらあかん』とか『運動しろ』とか、そんな一般的なことはちゃんと理解しとる。せやけどカニの時期はしゃあらへん(仕方がない)。規則正しい生活はできん。それはワシに『仕事やめろ』いうのと同じや。ワシはカニを獲るプロやけれど先生は病気を診るプロやから、それを前提に先生にお願いしたい。カニの時期は、先生がワシの生活に合わせてくれ。沖に出とるときのメシの食い方とか薬の飲み方とか、何でもええから、カニの時期に糖尿病が悪くならんような特別な方法を考えてほしい。カニの時期だけ、ワシの生活に合わせた特別な指導や治療を考えてくれへんか」。船長の思いを聞き、私の「プロ根性」に火がついた。

医者が疾病ガイドラインに則した指導や治療を行うのは当然だが、ガイドラインに従うことしかできない医者を、はたして世間は「病気を診るプロ」として認めてくれるだろうか。そもそもガイドラインに従うだけなら何の技術も要らないし、極論すると医者でなくてもできるだろう。あるいは、ガイドライン通りにやっても良くならない症例をすべて「患者の自己責任」と決めつけてしまうのもちょっと乱暴な気がする。ガイドラインをベースにしつつ、本人の生活様式に柔軟に対応した個別治療のアイデアを必死で考える。患者本人と一緒に試行錯誤しながら最適解を求め続ける。そんな姿勢が伴ってはじめて「病気を診るプロ」なのだと思う。船長のような難しいケースにこそ医者の「プロ根性」が問われる。もちろん専門科医に適切にコンサルトできる能力も必要だが、まず「自分に何ができるか」を第一に考えたい。世間から「プロ失格」と思われないような医者でありたい。