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同窓会会報から 白石裕子(島根県)

同窓会会報から 白石裕子(島根県)

とって隠岐(おき)の宝島より

隠岐広域連合立隠岐島前病院・西ノ島町立国保浦郷診療所 白石裕子(島根17期)

いつもお世話になり誠にありがとうございます、と書き始めないと落ち着かない、普段文章を書くと言ったら、圧倒的に診療情報提供書という毎日を送っています。ところが今回こういった文章を書くことになりました。11月最後の週のことです。第2回やぶ医者大賞の栄誉をいただき、兵庫県養父(やぶ)市まで行ってきました。折しも大型低気圧+寒波で日本海は大時化、土曜の午後の式典なのに、木曜の午前中に島抜けしました。翌日は船が全便欠航となり、ぐずぐずしていたら式典欠席になるところでした。こんなに早く出発できたのは、まずは外来の代診などをささっと引き受けてくれる若手Dr.を筆頭にチーム島前(とうぜん)の結束力のたまもの、そして理解ある上司でもある夫と、ききわけのいい子供達、そしてバックアップしてくれる島の皆様や子守に駆けつけてくれる両親のおかげです。

隠岐(“おき”と読みます。長崎の壱岐(いき)とは違います、念のため)は日本海に浮かぶ離島で、4つの有人島のうち西側の3つを島前地区(どうぜん)といい、その昔、後鳥羽上皇、後醍醐天皇が流されたとして有名です。その中でも西端の西ノ島は人口3000人、医療圏である島前地区の人口6000人、高齢化率は42%という、ある意味日本の先端を走っているへき地離島です。ここに来たのは“海がいい?山がいい?島根はどっちもあるけど”と聞かれ、当時は山に住んでいたため、次は海にしよう、という単純な選択でした。ここまで長居するとは、その時点では全く予想もしていなかったのですが、人生は予測不可能なところが面白いものです。自治医大卒業生同士の結婚ということで、義務年限の前半を夫の出身県である徳島、後半を私の島根で過ごし、島暮らし18年となる今も、海の魅力に魅せられ続けているのです。

まずなんといっても食べものが美味しい!冬場にあがるあおもの、つまりブリやヒラマサなどの体に良さそうな魚、アワビやサザエなどの貝類、これらが美味しいのは有名ですが、種類豊富ないか、そしておばちゃんたちが冬場の危険な岩場から命懸けでとってくる岩のりも最高です。今の時期(11月)はよこわといってマグロの幼魚が釣れます。タタキにすると、これまた最高で、今年も子供たちと奪い合いながら、徳島のすだちを使ったポン酢でいただきました。

島暮らしでは海が世界につながっていることを実感できるのもワクワクします。自分たちが出かけるのは大変なかわりに、観光地ですから様々な人がやってきます。日本近海を夫婦でクルージング、という方も多いですが、世界1周旅行途中のカナダ人、世界3周目で、この後アラスカへ向かうというオーストラリア人など旅人が寄港したこともありました。あるとき訪れたヨットマンに、世界で一番おすすめの旅先を聞いたところ、“タヒチ”と教えてもらったので、ついでに一緒にタヒチ旅行して家族ぐるみのつきあいとなってみたり。タヒチでも、貸し切りヨットでアイランドホッピングなんて、我ながらどれだけ島好きなんでしょう。というわけで、ヒトも予算も設備も少ない過疎の地ではありますが、常に新しい季節を感じて楽しく過ごしています。

隠岐島前病院と二つの診療所を行き来する日々、目の前の患者さんの訴えに寄り添い、治すことができなくても、適切な場所に繋げたり、少し楽しい気分になって帰っていただく。外来では一患者、一笑を目指して診察をしています。病院では腹部外科医の大学への引き上げを受けて外科外来を担当しており、最近話題の、痛みに対する筋膜リリース注射もしていますが、好きなのはイボ取りです。また小児科医引き上げのあとは小児科責任者をしています。発熱下痢といった外来は若手に任せ、乳児健診や学校健診の他、不登校児童との出会いをきっかけに特別支援教育との連携や、5歳児健診に力を入れています。

いろんなことを一生懸命にやっているけれど、子育てや家事があってどうしても仕事に費やす時間が少ない。当然子供たちにかける時間も少なくなる。医者としても中途半端だけど母としても主婦としても失格なんじゃないかと悩んだり、子供への負い目を感じてしまったり、病院にいても学校行事に出ても、100%の力を注いでいない、だからきちんとできていない、というような不全感に苛まれることも多々ありました。でも時間とは限られており、みんなに平等に過ぎていて、自分が選んだことなのだから出来る範囲でやるしかない。削れるところは徹底的に削りました。家事のうち機械にできるものは自分でしない、これは食器と衣類の洗い乾燥機のことです。そうじはルンバと人に頼む、あるいは期限を決めない(一生できないかも、でも多少散らかっている家は落ち着きます、汚さの許容範囲がずれすぎている夫婦はうまくいかないらしいですが)、洗濯物はたたまない(最近の衣類はたたまなくても大丈夫な素材が結構ある)、子育てに関しては、子供にかける時間が少ないので質で勝負ということで、毎日、全員それぞれに“世界で一番愛してるよ”とハグしまくりました。最近は多少ウザがられています。

それでもつのる自分に対しての不全感、更年期や子供の巣立ちが重なると健全な心が保てなくなりそうです。そんな時女医さん仲間と話すと結構共感できて、みんな悩みながら頑張っているんだなと、気持ちが楽になりました。愚痴を言っているだけのように見えて、なぜかパワーをもらえるのです。そんなところから女医の集まりや、女医のワークライフバランスについて考える活動をしていくことになりました。2015年6月女子会@プライマリ・ケア学会学術集会を開催し、好評でしたので、今後も続けていけたらと思っています。国試の時点で女医は3割の時代となり若手女医も増えていますので、地域医療も女医も、楽しいことがたくさんあると、いろんな形で伝えたいと思います。

さて授賞式の話に戻りますが、珍道中は鳥取市までたどり着き、名探偵コナン電車を見て感動、 前泊は気の利く同行の町の健康福祉課長さんが城崎温泉を手配してくれ、ゆったり温泉巡り、の予定が、山陰本線ですれ違う予定の電車に鹿が巻き込まれた、との事故に巻き込まれ、電車に乗ったまま待機状態に。しかも直前の駅から列車が混み合い、近くの席には大酔っ払い同窓会帰りグループが陣取りやや居心地悪く、タクシーに乗り込もうとも思ったけれど、当駅にはタクシー無し、呼べば 1 時間もかかるとか。改めて車内をみまわすと、幼児を連れた若いカップルや、酔ってはいないご年配もいて、全く運転再開のめども立たず、駅員さんも途方に暮れるばかり。そして、思い直したのです。この閉ざされた空間で、乗客にもしや具合の悪くなる方が出るやもしれず、そのような中から我先に脱出するなど“やぶ医者の名が廃る”ということで、じっと待つこと1時間。ようやくたった一人で鹿の“摘出”をしていた車掌への助っ人が到着したとアナウンスがあり、程なく作業終了、10分ほどで城崎温泉駅に到着の運びとなりました。

翌日ようやく迎えた授賞式ではやぶ医者風の出で立ちで市長さんが迎えて下さり、養父市名誉市民の京大教授中尾一和先生をはじめ、大先輩が大勢見守ってくださる中、緊張しながらの講演を終え、パネルディスカッションは中村伸一先生の名司会で盛り上がりました。前回受賞者前川恭子先生推奨の大宴会に後ろ髪を引かれながら、翌日の女医JOYサミットに出席するため養父市を出発し、山形へと向かいました。

白石裕子大のお祭り好きの私、徳島で過ごした研修医の時代、阿波踊りでは自治医大連でも踊りましたが、徳大医学部たけのこ連でも“末は博士かやぶ医者か、おなじ阿呆なら踊らにゃ損損”と大騒ぎしていました。このたびのやぶ医者の称号、本当に嬉しく、地域医療の現場で、悩みながらもそれぞれに、置かれた場所で花を咲かせている“いしゃ先生”、特に女医の皆様、そして私たちを支えてくださる地域へのエールと感じます。今後も笑顔を忘れず、頑張っていきたいと思います。