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| 全国各地で活躍する卒業生 |
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| 3千人余りの卒業生が出身都道府県を中心に全国各地において医療に従事し、地域医療の充実に貢献しています。 |
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| 【へき地等の勤務・開業状況(期間別)】 |
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(平成22年7月1日現在) |
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| 区分 |
へき地等 |
へき地以外 |
合計 |
割合
(%) |
へき地等の勤務・開業の内訳 |
| へき地指定 |
へき地
医療
拠点病院 |
施設数 |
| 過疎 |
山村 |
離島 |
特別豪雪 |
勤
務 |
病院 |
834 |
827 |
1,661 |
58.4 |
511 |
169 |
52 |
89 |
573 |
300 |
| 診療所 |
213 |
145 |
358 |
12.6 |
169 |
125 |
51 |
23 |
|
191 |
| 行政 |
10 |
86 |
96 |
3.4 |
6 |
1 |
1 |
3 |
|
9 |
| 大学 |
2 |
331 |
333 |
11.7 |
1 |
|
1 |
|
|
2 |
| その他 |
3 |
38 |
41 |
1.4 |
2 |
1 |
|
1 |
|
3 |
| 小計 |
1,062 |
1,427 |
2,489 |
87.5 |
689 |
296 |
105 |
116 |
573 |
505 |
| 開業 |
66 |
290 |
356 |
12.5 |
51 |
12 |
1 |
20 |
|
66 |
| 合計 |
1,128 |
1,717 |
2,845 |
100.0 |
740 |
308 |
106 |
136 |
573 |
571 |
| 割合 |
39.6 |
60.4 |
100.0 |
|
26.0 |
10.8 |
3.7 |
4.8 |
20.1 |
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| 総合医の素養を持った専門医が地域の2次医療を支える。そんな病院を目指したい。 |
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福島県立南会津病院
佐竹 賢仰
1987年3月卒業
福島県立会津高校
卒業 |
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地域唯一の病院としての役割
南会津郡は神奈川県の面積に匹敵する広大な面積を有します。人口は3万人弱、人口の4割が65歳以上の高齢者という、過疎・少子高齢化が進行する豪雪地帯にある典型的な田舎町です。この地にある唯一の病院が南会津病院です。私が赴任したのは医師になって8年目、自治医大大宮医療センター(当時)で外科の後期研修を終えて地域に戻ってきた時でした。着任後は外科医として多くの手術を経験させてもらい、外科専門医を取得しました。病院が新しくなり、規模が大きくなると同時に救急の患者さんが激増しました。救急には子供からお年寄りまで、内科系、外科系にかかわらずいろんな患者さんが待ったなしで来院します。専門外と断れば、患者さんは45km離れたところへ車で1時間かけて行かなければなりません。ましてや冬の豪雪期には倍の時間がかかることもあります。“この病院がきちんと二次救急まで対応しなければ、地域住民は本当に困るのだ”と痛感し、それ以降自分の専門以外も積極的に診るようにしました。他の科の先生に教えてもらいながら、診療科にこだわらずに自分でできることを増やしていくことは、手術以上に面白いことでもありました。何よりも自治医大での総合医を養成するという教育が、幅広く学ぶことの基礎になっていたことは言うまでもありません。地域唯一の病院として専門的な医療を提供することはもちろん大切ですが、それと同じくらい、いやそれ以上に二次救急を守ることもこの地域では大切なことなのです。そのためには専門医であっても幅広い救急対応の知識を身につけることが大切であり、総合医の素養を持った専門医であることが必要なのです。現在は院長としてその体制づくりに取り組んでいるところですが、幸い常勤医の大部分が自治医大の卒業生ですので、その志は高く、全員で協力しながら毎日の診療にあたっています。 |
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今こそ総合医
いま人口の少ない田舎ではもちろんのこと、都市部でも総合医が必要です。救急医療の現場では、軽症患者が救命センターを受診することが崩壊の一因と言われています。一次や二次救急患者を“専門外”と断らず、総合医が適切に診るようになれば、救急受診の適正化が計られます。大病院では専門分化が進んだため、たくさん病気を抱えた患者さんが結局どの診療科でも“これはうちの診療科ではない”と言われ、入院先が決まらないという話を聞くことがあります。“病気を診るのではなく人を診る”ことが本来医療に求められることであり、こういう時こそ総合医の出番です。
これまでは、専門性を極めることが重視されてきましたが、その結果ひずみが生じ、医療の崩壊につながったことは否めません。今医療に必要なことは、専門医と総合医を適正に配置することだと思います。総合医養成を目的とする自治医科大学で学び、地域医療を再生する力になりましょう。 |
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| 地域で学んだ全てを糧に救急外傷、災害医療までカバーする整形外科医を目指して |
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豊岡病院組合立
朝来和田山
脇 貴洋
2003年3月卒業
兵庫県立宝塚北高校
卒業 |
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経済的な理由と、「総合医」のフレーズに魅かれて自治医大を受験
高校2年生の冬に阪神淡路大震災で家を失い、経済的な理由で困っていたところ高校の恩師に自治医大の存在を教わり、大学レベルから「総合医」を養成する日本で唯一の教育機関と知り受験しました。大学には全国中から優秀で志のある仲間が集まってきており、たくさんの刺激を受けました。今は各地の大学が地域医療の確保のために地域枠というものを設けているようですが、総合診療については自治医大がやはりパイオニアであると思います。卒後の現場で役に立つ非常に内容の濃い教育を受けさせていただきました。 |
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救急病院での初期研修と豪雪地帯での地域医療
卒業後は出身地である兵庫県に戻り、初期研修を県内有数の救急病院で過ごし、たくさんの救急患者さんの治療に携わりながら、重傷外傷・整形外傷の治療に興味を持ちました。ちょうどJR福知山線列車脱線事故が起こった時には、現場指揮にあたった施設にて研修中で災害医療にも興味を持つようになりました。前期派遣は県内一の豪雪地帯にある公立村岡病院で、医療人口は約6,000人と少ないのですが、後方病院まで1時間以上もかかり、またスキー場に最も近い病院でありたくさんの患者さんを治療しました。ここでは総合医として地域に必要とされるもの全てを見させていただきました。膝上まで雪に埋まりながらの往診や、器材やスタッフの少ない中、心筋梗塞で高度徐脈の患者さんや交通事故で出血性ショックの患者さんの初期治療および救急搬送など、高次病院では決して経験できない「現場」での得がたい経験をしました。また、この時期にJATECという外傷教育コースの講師の資格を取得し、へき地にいながらも外傷診療のトレーニングを続けていました。
充実した後期研修と今後の展望
後期研修は整形外科の研修を行いました。地域での経験を生かして、周術期の内科的合併症の管理についてはストレスなく整形外科の研修に集中できました。たくさんの手術をする一方で、骨折治療に関する国内最大の学会でシンポジストとして発表をし、骨折治療の本場であるスイスに勉強に行くなどいろいろな経験をさせていただきました。また、院内に災害医療の専門チームであるDMATを立ち上げるなど整形外科以外のことにも取り組みました。
現在、卒後9年目を兵庫県北部の但馬地域で整形外科医として勤務しています。大腿骨近位部骨折の高齢者が多く、いかに早く離床をすすめるか苦心しています。整形外科医としてはまだ4年目で一人前になるにはまだまだ道は遠いのですが、自治医大卒の強みである地域での経験を生かして局所だけでなく全身も診られる整形外科医としてさらに修業を積んでいきたいと思っています。
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