第1回

寺田修三

(30期生)

概要 2003年より2004年東医体まで部長を務める。2004年東医体ではそれまで行われてこなかったスカルの育成に取り組み、自身もダブルスカルにて銀メダルを獲得した。

寺田さんはこんなヒト
  30期生として自治医科大学に入学。ボート部には1年生から在籍。一年生の東医体では新人ナックル(クルー名Wild)にて見事金メダルを受賞した。この相模湖東医体はシェルフォア優勝、総合優勝を果たした東医体であり、寺田さんもナックルとして総合優勝に貢献した。
  2年生の時には当時のセカンドMetisの3番をつとめた。この年の東医体ではMetisはセカンドクルーでは史上初といわれる準決勝進出をはたした。決勝には惜しくも進むことはできなかったが自治医大の層の厚さを物語るものとなった。
  3年生の時には新艇sfida初代ストロークをつとめた。この年の河口湖東医体ではsfidaは予選敗退であった。しかし東医体後、自転車で1日もかからず車組に5時間遅れたのみで帰ってくるという偉業を達成した。また、この年に部長に就任し、自治医大ボート部を背負うようになる。
  部長時代では、「スカルの育成」をテーマとして秋から積極的にスカルを導入し育成を図った。春合宿では山さんとダブルを組んでいたが、4月からは新入部員のリョーシ゜とダブルを組み、三校戦ではみごと1位に輝いた。タイムも3分20秒台を記録し、スカルの強化の順調さをうかがわせる結果となった。北海道東医体では医療系レガッタとともに銀メダルを獲得、タイムも3分40秒台をコンスタントに出し、安定した強さを見せ付けた。部活全体としてもメダルを3つ獲得し、見事な結果をのこした部長時代となった。
  ちなみに2003年「ネコババしそうなひと」で1位に輝き、その性格が暴露されたが、2004年には「メガネ・オブ・ザ・イヤー2004」を受賞し才能を発揮した。自転車とビールをたしなむことを日課とする。2004東医体では財布を持ったまま水に飛び込み、危うく搭乗券をなくしそうになった。
  いよいよ部長もホリケンに譲り、ボート部の黒幕となるわけだが、今後どのような黒幕ぶりを発揮するのだろうか…

第2回
堀口圭輔(31期生)


概要 2004年東医体の後、部長に就任。現部長である。「ホリケン」のあだ名以外で呼ぶ人はもはやいないといっても良い。

ホリケンはこんな人
  31期生として自治医科大学に入学。ボート部入部時から「ホリケン」のあだ名で親しまれる。そのシュールなギャグで部員を笑いの渦に誘い込むそのスタイルはいまだ健在である。その笑いのセンスから芸能界入りも考えたというホリケンだが、ボートでの成績もすばらしいものである。
  1年生のときは新人ナックル(クルー名 続・wild)にて見事金メダルを獲得しこの年の総合準優勝に大きく貢献した。その後も順調にエルゴタイムを伸ばし、2年生の時にはラデアの3番の座に座り、新人ナックルのときから今までずっと3番の座を守っていくことになる。小林さんと繰り広げられるエルゴタイムの勝負は「サイヤ人対決」として体育館に行ったことのあるものの中で知らぬものはないとさえいわれている。
  2年生のときは河口湖にて、苦しい結果に終わったラデアであったが、寺田さんとともに自転車で自治医大に帰ってくるという快挙を成し遂げる。ちなみにいまだ自転車班は二人のみである。
  忘れてはならないことだか、サッカー班でも班長に就任し、エースストライカーとしても活躍した。
  3年生の時には、再びラデアの三番の座として北海道東医体に臨んだ。結果は東医体4位、医療系銅メダルという見事な結果に導いた。
  ギャグの面でも小林さんとの熱いバトルを繰り広げていて、下馬評では「ホリケン有利」が主流となりつつある。今後、部長としてギャグ、そしてボートともにどのような活躍を見せるのか…

ちなみに、秋シーズンは、スカルに挑戦中である。


第3回

鈴木康治郎(32期生)

 概要  βというあだ名はもはや、2年生全体に広まっているといっても良い。天性のパワーとただならぬ存在感でボート部に現れいまや立派にLa Deaのバウサイドをつとめる。

 32期生として自治に入学。4月早々にボート部入りを宣言。その後の飯食いで寺田さん、ホリケンにベータと命名された。一応由来を記しておくと、「にんじんが好きだから→βカロチン」ということである。単純といえば単純ですな。
 一年生のときの東医体では「アークイラ」としてナックルに出場した。一年生だけのクルーとしていろいろな苦労がありながらも合宿を乗り切り、荒波の河口湖東医体に出場したが結果は下から二番目ということで満足な成績を残せなかった。
 夏前からエルゴタイムは上昇を続け、体が締まっていけばいくほど体重と比例するようにどんどんとタイムを縮めていった。その結果、二年生になると小林さん、ホリケンに継ぐタイムでLa Deaクルーに入り、2004年医療系レガッタの銅メダルに大きく貢献した。
 こんなベータだがベータといえども弱点があり、長距離種目は大の苦手である。ちなみにβーマラソン、ホリケンー腹筋運動100回、山さんー禁酒は「ボート部の三大不可能」とさえ言われている。私生活についてだが、勉強に関してはきわめて優秀である。ただ、テスト前の山さんに酒を差し入れして足を引っ張ったとのうわさもある。BBS活動などにも積極的に参加し、予想以上に顔が広い。今年の冬は「スキー班」を結成しきっと栃木中のスキー場でその勇士を見せることになるだろう。


第4回
北山啓太(32期生)

 概要 山さんと呼ばれている。もはや、山さんと言えば酒豪というイメージはボート部のみならず2年生の間でも広がっている。「千鳥足」としてスカルデビューして以来、スカラーを極める道を歩んでいる。

 32期生にして自治に入学。ゴールデンウィークにてボート部にはいる。あだ名の由来は書かなくてもいいだろう。当初、お酒が好きだということは聞いてはいたものの、ここまでのレベルであるということは誰も予想だにしなかっただろう。基本的に毎夜飲酒習慣があるとのことだが、部活がある日の夕方は飲酒しないということで、部活が山さんの健康維持に大きく貢献していると山さん自身も語っている。
 一年生のときの当医体ではベータと同じく「アークイラ」としてナックルに出場した。戸田で他校のクォードルのコックスの批評をしたりとなかなかの観察家であるとの評判も立っている。観察家といえば、山さんといえばギャンブラー、である。競馬、パチスロととりあえず一通りのギャンブルはこなすというなかなかの玄人でもある。
 二年生のときは春合宿からスカルに転向。一年のオフシーズンのときのベータとのダブルでの沈以来のPTSDに苦しみ、足けりを入れられない症候群にもなったが、風雨のなか果敢に挑戦を続けた。その後東医体もご存知「千鳥足」としてデビューし、それからスカラーとしての地位を築いていった。エルゴタイムも東医体の後、ぐんぐん上昇を続け、今期期待株の一人である。今年の戸田東医体で、一体どんなスカラーッぷりをみせるのか、「千鳥足」が、いよいよ大空に飛び立つのか、まさに目を離せない(飲み会の後も)人物である。

第5回
鈴木亮士(33期生)

 概要 りょーじ。ボート6年間の経験と言う今までにないキャリアを背負って入部。数々の特殊な才能をもつとともに今となってはラデアのバウとして、対校クルーにのっている。デビューは2004東医体ダブルスカルの銀メダル。様々な伝説を作っていきそうな人物である。

 33期生として自治医大に入学。早期から部員になってくれ、実は新歓はさおりちゃんと二人だけであった。管理人としては都人会の後輩ということになるのだが、まわりからことあるごとに共通点をしてきされ、「酒と都人会」の関係は切っても切れないものになっている。……のか? ま、それはいいとして、りょーじの才能はそれからことあるごとに発揮されていく。まず一つは記憶力の抜群の良さだろう。道を覚えるのも早く、なんといっても人の名前を覚えるのはプロ級である。次の一つは掃除好きである。徹底的に掃除しないと気がすまないという特徴がある。ここまで書くとボートは?と思うかもしれないが、三校戦では見事に1位、東医体・医療系レガッタでは銀メダル、と見事な成績を残している。エルゴにおいては瞬間最速値はβ、ホリケンとも引けをとらず、ラデアにのってどのような漕ぎをするのか、今後も注目の人物である。
 そういえば、最近は都人会・ボート部ともに幹事学年として活躍している。そのせいもあってか最近あまり飲まないことが多いりょーじだが、今年の打ち上げでは是非とも優勝の歓喜の中、封印をといた姿を見たい(?)このごろである。

第6回
眞水飛翔(33期生)

 概要 マミー。ボート3年間の経験をもち、2004年に入部。なかなか本性をまわりに明かさない人物ではあるが、飲み会のときなど、ボート部ではなくてはならない人物である。もちろんボート部でも最近教育者としての意外な一面を見せつつある。

 33期生として自治医大に入学。新歓ドライブの後、ボート部に入部。この年の漕ぎ手入部者はりょーじと二人であったため、りょーじ同様ダブルにのることになり、かくいうわたし、管理人とクルーを組むことになった。5月にはノーマルオールで練習し、三校戦の直前の練習でやっとビックブレードで練習して三校戦に望むというドタバタながら、3分51秒の成績を残した。北海道東医体では管理人との「はだか」クルーで準決勝進出をはたすも、おしくも決勝には進出できなかった。2005年も再び管理人との「はだか」クルーで決勝進出、メダルを目指す。
 ボート部ではあまり飲まないが、実は酒はいけるほうである。管理人を酒飲み余話張りするが、きっと彼も一年後には晩酌好きになっているはずである。


第7回
春名智宏(34期生)

 概要 チェリッシュ。その性格からか、そのあだ名からか、自治医大にて意外と顔の広い(というか名前だけ知っている人が多いのか…)人物である。

 34期生として自治医大に入学。新入生が二人だったために、ダブルにて東医体・医療系レガッタに出場。なかなか上級生としてもしっかり指導することができず、彼にはかわいそうな東医体・医療系レガッタとなってしまった。しかし、彼が花開いたのはまさにオフシーズンであった。その名前からはまったく想像のつかない器用さと、テクニカルなオールさばき、なよなよした首、などほかの人の持ち得ない武器をあらわにした。当初は自主練をそこまで好む男ではなかったが、彼の生活の余りある暇な時間を最近はもっぱら練習と、立ち読みに費やすという、ストイックな男である。
 彼について語りたいことは多々あるものの、この辺にしておく。

 と、大事なことを言い忘れていたが、オフシーズンの開花から、春合宿からラデアの3番として活躍。荻野東医体、医療系レガッタでは2年生ながら対校クルーとして、勝負に挑む。
 得意なこと…同じ服をきこなす。 苦手なもの…宇宙人。 恐いもの…宇宙人。 

第8回
川口諒(34期生)

 概要 ヒデ。彼の自慢はなんとといってもその筋肉。そのハードな外見の中に繊細なハートを持つ、ボート部きっての詩人である。

 34期生として自治医大に入学。入学当初から筋肉と、大食いを得意とする、ボート部的なキャラを持ち、存在感を確立した。彼の伝説も相方のチェリッシュに負けず劣らず凄いものである。三校戦での油事件、自己紹介事件など、かれの起こす事件は枚挙に暇がない。東医体、医療系レガッタではチェリッシュとともにダブルにて出場。しかし自慢の筋肉を発揮できる機会がなかなかなく、彼にもつらい思いをさせてしまった。オフシーズン、彼が開花させたのはなんといっても繊細なハートである。彼の詩人としての才能は、ボート部どころか自治医大を見渡しても肩を並べられるものはいないだろう。その詩人としての才能はボートにも生かされ、見事春合宿からはラデア2番に乗ることとなり、荻野東医体、医療系レガッタでは昨年の雪辱にかける。

 得意なこと…世のはかなさ、絶望を詠う  苦手なもの…カレー  将来の夢…ドラえもん 

第9回
出島彰宏(35期生)

 概要 アッキー。2006年度東医体、激戦を戦い抜いた新人ナックルの生き残り。いろいろと意外性のある人物である。

 35期生として自治医大に入学。入学当初からBBSが管理人だったこともあってかボート部入部を早々宣言。はじめは、まじめ、堅実、礼儀正しい、の文句なしの人物かと思われたが、一学期の学期松テストで早々と北口デビュー、土日練習の遅刻、飲み会での姿など、まさに「意外性」を発揮し、常識では図れぬ何かを成し遂げそうな人物像を確立した。
 東医体、医療系レガッタでは新人ナックルで出場。彼の持つ「意外性」のなせる技か、数々の接戦を物にし、必ず決勝まで駒を進めた。
 東医体後は、持ち前の体格もあり、エルゴタイムは上昇、他の部員と比較しても遜色ないレベルまで引き上げた。2007年のシーズンは、山さんとのダブルスカルで、昨年以上の成績を目指す。

 得意なこと…プラス思考、逆境   苦手なこと…勉強  得意のギャグ…「季節は春だけど、アッキー!!」「ラッキー、アッキー、クッキー」

第10回
石山 佑治(34期生)

 概要 いしやま。2006年度東医体にて助っ人としてナックル部門に出場。ボート部に縁深い新潟出身ということもあり、そのまま入部という運びとなった。

 34期生として自治医大に入学。新潟出身、茶道部(山さんと同じ)、ヒデの隣の部屋、という何かボート部から逃れられない運命を持ちながらも2年生まで入部しないでいた。しかし、2006年、ついに運命の糸に引かれるようにボート部に入部した。
 2006年荻野東医体では、新人ナックル部門に出場した。その激戦を経て、オフシーズンではエルゴの練習も自主連を含め、熱心に行い、漕ぎの技術、エルゴタイムともに上昇した。春合宿からはボート部の苦しいコックス事情からコックスに転身、2007年度東医体は自治医大対校ラデアを率いるコックスとして、リベンジに挑む。
 話は変わるが、2007年4月に虫垂炎で入院、ボート生命の危機かと思われたが、入院中もエルゴを欠かさぬ努力も実り(うそです)、見事カムバックを果たした(ホントです)。

 得意なこと…バックロー  最近のマイブーム…アッキーいじめ  高校のときのあだ名…いしはらゆうじろう

第11回
吉村 早織(看護学部3期生)
概要 さおりさん。北海道東医体以来、3度の東医体をマネージャーとしてサポート。現在のマネ体制の礎を築いた人物である。

 3期生として自治医大看護学部に入学。当時勧誘のために行われた筑波山登山では、山頂に到達するなり「この一歩は小さな一歩ですが、ボート部にとって大きな一歩です」と入部を宣言、以来マネージャーとして活躍することになる。エルゴをこいでいる際、乗艇中、などなど多くの場面で陰に陽に部員を鼓舞、北海道東医体、戸田東医体での自治医大の活躍を大きく支えた。
 荻野東医体では、アナウンス係としても活躍、荻野ではその声をきいて「8月にウグイスが来た」と勘違いしたおじいさんがいたとか、いなかったとか。ともあれ、さおりさんもいよいよ最高学年。卒業研究や国試の勉強に忙しい時にも部活でチェリッシュに膝かっくんを決めるなど、マネ業の修行にも余念を欠かさない。今年の部員の願いは何といっても、優勝でお世話になったさおりさんの卒業に華をそえることである。
 
 得意なこと…ひざかっくん   最近のマイブーム…チェリッシュへのひざかっくん    血液型…にいがた

第12回
大森 結以(看護学部4期生)
概要 ゆいはん。戸田東医体、荻野東医体ではダブルのプレーヤーとして参加。荻野医療系レガッタでは見事銀メダルを獲得。現在はマネージャーに転向。

 4期生として自治医大看護学部に入学。戸田の医療系レガッタからプレーヤーとして参加。ボート部ではおそらく史上初となる女子ダブルで試合に参加、戸田では満足いく結果を残せなかったが、荻野では練習の成果を見事発揮し銀メダルを獲得した。銀メダル獲得後は、三年生で実習が忙しい中マネージャーに転向、プレーヤー自体に培った根性と経験でマネ業を務めている。
 また、歩きながら羽ばたく、始終スキップするなど謎の動作の多い人物でもある。

 得意なこと…未来に向かって羽ばたくこと  最近のマイブーム…物まね 

第13回
関根 瑠美
(看護学部4期生)
概要 るみるみ。なんとびっくりボート部ゆかりの佐野出身、運命に引かれるようにボート部に入部。ゆいはんとともにダブルを漕ぎ、荻野医療系レガッタでは見事銀メダルを獲得。現在はマネージャーに転向。

 4期生として自治医大看護学部に入学。佐野出身として「佐野を日本の首都にする」という壮大な夢の元、自治医大で一旗上げようとし、ボート部に入部。その壮大な夢の元、現在の日本の首都である東京出身のゆいはんとダブルを組み、荻野では見事銀メダルを獲得した。現在はマネージャーに転向しているが、依然「佐野を首都にする」夢を捨ててはいない。

 座右の銘…「首都移転は佐野へ」  休日の過ごし方…佐野のジャスコでショッピング

第14回
森 透江(看護学部4期生)
概要 もっち。現在のマネ長である。一年生からマネージャー一本、現在は目をつぶってもビデオを撮れるほどの実力者である。

 青森県田子町出身。田子だけに「ご多幸を」をモットーにボート部に入部。戸田東医体以来、持ち前のやる気でマネ業を極めていった。実家に帰れば常にりんご畑で重力を学び、りんごが落ちる瞬間を約半年ビデオにおさめつづけ、ビデオ撮りの技術を極めた。その技術は、比類なきもので、前述の通り目をつぶっても気配でビデオを撮れる、ビデオスポットにどんなに草が生えていてもモーゼのように切り分けるなどの特殊技術さえ身につけた。相模湖東医体では、マネ長として自治医大ボート部の飛躍を大いに支えて欲しいものである。

 夢…田子町が市に昇格すること

第15回
金谷 悠司(医学部36期生)
概要 たったー。2007年入学。相模湖東医体ではナックルにて決勝進出を果たした。

 「たった今」が口癖のため、たったーと言うあだ名がついた人物。「足蹴り強調10本いこう!」の掛け声の際にも「たった今!!」と答えるためにはじめはコックスも調子を崩したとか崩さないだとか、いろいろな逸話を持つ。彼の特徴はなんと言っても見掛けからは想像もつかない気迫と、根性あふれる漕ぎである。東医体でも、見事な気迫で、決勝進出に大きく貢献した。
 オフシーズンを経て、長沼東医体ではどのような勇姿を見せるのか、今後の成長が楽しみな人物である。

 夢…かつて寺田さんが受賞した「メガネオブザイヤー」を受賞すること。そのため、日々メガネに磨きをかけている。

第16回
関 匡史(医学部36期生)
概要 おぎさん。2007年入学。相模湖東医体ではナックルにて決勝進出を果たした。

 おぎさん、の名の通り、高校時代は「おぎやはぎ」ならぬ「おきんおぎん」という漫才コンビを結成。M1グランプリ優勝を目指すも夢かなわず、突如目覚めたボートをするため、自治医科大学に入学。恵まれた長身からエルゴタイムの伸びも期待されるが、そのほかの才能として、音楽に非常に秀でている。現在もJFCのバンド活動も両立するなど、大先輩角藤先輩を思い出させる人物である。現在はそのセンスを生かし、ロックのリズムでボートを漕げないだろうか、ベートーベンの月光にあわせたオール捌きなど数々のテクニックに挑戦中である。

 夢…たったを相方に再びお笑いでの日本一を目指すこと。

第17回
三宅 孝充
概要 ファラオ。2007年入学。相模湖東医体ではナックルにて決勝進出を果たした。

 ファラオ、のあだ名の通り気品ある顔立ちと気品ある行動の持ち主であるが、いざオールを握ればスフィンクスもびっくりの豪快な漕ぎを見せる。彼の名言は数多いが、もっとも管理人にとって記憶に残った一言はやはり合宿でのあの一言である。日本地図一枚を手に、「戸田のある場所にしるしをつけていただけますか?」の言葉の後、その地図一枚を持って旅に出かけた彼がどこに行ったのか、その地図は果たして役に立ったのか、今でも大きな疑問である。
 ともあれ、オフシーズンも黙々と努力を続け、長沼東医体ではどのような活躍をするのか、期待の人物である。

 夢…地球儀をもって世界一周旅行に行くこと。

第18回
森本 真之助(医学部36期生)
概要 体調じゃなくて隊長。2007年入学。相模湖東医体ではナックルにて決勝進出を果たした。

 隊長の名の通り、入部当初から卓越した体力と気力を誇り、TTのタイムもうなぎ上りに上昇していった。現在の実力は部内の中でも1、2を争うレベルであり、将来のボート部をしょって立つ人物のひとりとなるだろう。そんな彼のもう一つの才能は何と言っても炒飯作りである。合宿で披露したその腕前と、その味は、一度食べたものをとりこにする、そんな魔性の料理である。炒飯作りの際に見せる中華なべの見事な返しは、キャッチ、フィニッシュのオールさばきに生かされているとか、いないとか。
 ともあれ、長沼東医体ではラデアに乗ることができるのか…、どのような活躍をみせるのか、将来の活躍が楽しみな人物である。

 夢…エルゴマン

第19回
柴崎 亜希子
(看護学部4期編入生)
概要 柴崎さん、あきこさん。相模湖医療系レガッタではシングルスカルで出場。

 入学以来、シングルスカルで練習を重ね、医療系レガッタでは相模湖の荒波をくぐりぬけて完漕を果たした。当初からシングルスカルでの練習となり、沈をしたりなど様々な苦労があったが、それを乗り越え、現在は自主的に乗艇をしたり、日々自主練をしたりなど、来年度の医療系レガッタの出場も目指して練習を重ねている。また、自治医科大学ボート部女子プレーヤーの育成にも力を入れたいということで、来シーズンの勧誘での活躍も大いに期待されるところである。

第20回 
小林 春菜(看護学部6期生)
概要 はーちゃん。頭脳派マネージャー。

  入学以来、ボート部でのマネージャーbPを目指し、目下頭脳派のマネージャー修行中である。エルゴ後の部員へのコップ配りでは、水分をいかに早く、そして正確量注ぐかを日々練習を欠かさない。部屋でもコップと水を片手に研究を欠かさない努力家でもある。また、冷静な頭脳も持ち、合宿での料理作りではカロリー量、栄養配分を1カロリー、1グラムの妥協も許さない正確かつ適正な配分を目指し、目下分析中である。
  そんなIDマネージャーも来年度は二年生、厳密な計算に基づいた勧誘活動が期待されるところである。長沼東医体では是非勝利をプレゼントできるよう、部員一同がんばっていきたいところである。
 
 最近はまっていること…オールの長さ、艇の長さなどちょっとマニアなボート知識を深めること。

第21回
城岸 なつ美
(看護学部6期生)
概要 なっちゃん。直感派マネージャー。

  入学以来、ボート部でのマネージャーbPを目指し、目下直感派のマネージャー修行中である。天性の勘を生かし、たとえ眠っていても艇がくると何故か目が覚め、しっかりビデオを撮るなど、すばらしい直感を持つ。日々のマネージャー業も優れた直感で乗り切り、頭脳のはーちゃん、勘のなっちゃん、と部内でも呼ばれるほど、見事なコンビ技をみせている(麻雀ではありません。あしからず)。
  そんな直感派マネージャーも来年度は2年生、長沼東医体で勝利・メダルをプレゼントできるよう、部員一同努力していきたいところである。

  最近はまっていること…ピッチを勘で当てられるよう、日々メトロノーム片手に特訓すること。


第22回
勝部聡太(医学部37期生)
概要 ロベカツ。趣味、左クリック。

 今年ついに入ってきた待望の大型新人。高校時代は勉学とスポーツに明け暮れ、まじめな青春時代をenjoyしてきた。グフッ。しかし大学に入学し一人暮らしをはじめると、今まで抑えてきた欲求不満が見事に爆発。そんな彼を見かねた先輩方が欲求不満の解消法を伝授。それにより彼は新たに「左クリック」を会得し、他の先輩をごぼう抜きするほどの力を身につけた。グフフッ。某6年生は「これでワシも安心して引退できる」といっており、新たな後継者に満足しているようである。次元の壁を乗り越えて、突き進んでいく彼の姿に涙する者も多い。
 「別に先輩を超えてしまってもかまわんのだろう?」
 「ついてこれるか」
などの名言を数多く残しており、さすがの一言に尽きる。

 現在の目標…左クリック1日10000回。もちろん感謝は忘れない。


第23回
坪野俊介(医学部37期生)
概要 ボーノ。新しい型。
 
 今年入ってきた大型新人その2。高校時代はオリンピックを先取りしてライバルとともにフェンシングをたしなんでいた模様。大学でボート部に入ったのも、ライバルが先に入部していたからであり、「僕の方がボートをうまく動かせるんだ!」といって入部。その後自主練を重ね、努力によってめきめきと実力をのばしていった。平成生まれだけあって昭和生まれの先輩と比べ明らかに鋭い感性を発揮することがあり、たまに「ピキーン」という擬音が聞こえるほどである。後なにげに渋いおじさんが好き。飲み会の場ではストライクゾーンギリギリを攻めるフリーダムな発言が数多く見受けられ、東医体の打ち上げでは、先輩に向かって
「やめてよね。僕が本気になったら、先輩が僕にかなうわけないじゃないか」
などと本当にギリギリの発言をしたとかしないとか。グゥレイトォォオ!!

 特技…ラーメンのピストン輸送

 
第24回
高木将之(医学部37期生)
概要 ぶーちゃん。タカギでなくタカキ。

 今年入ってきた大型新人その3。高校時代は先のとがったちょっと長細い棒で男同士体を突き合うことに日夜明け暮れていた。技名としては「フラッシュ」などがある。小学校時代はタマを握りしめ投げることに夢中であったようであり、その当時は「新潟のミラクルファイター」と呼ばれていた。こちらもライバルに勝つためにボート部に入部。その際、ボーノが言った台詞に対し、「エルゴの性能差がタイムの決定的な差でないことを証明してやる!」と言い放ち、その言葉通り今では部内でトップクラスの速さを誇ることになった。ちなみに下着はトランクスでもブリーフでもなくサランラップであることはあまりにも有名。ちゃんと上の下着も着けておりこれももちろんサランラップ。もうサランラップなしでは生きていけない体になった。よくタイ人といわれ困っているが、実際タイ人ではなくシンガポール出身である。誤解するな!

 タカキのうんちく…サランラップではなくサランゥラァッップです。
 

第25回
花輪幸太郎(医学部37期生)
概要 マルコ。スピリタスで消毒される

 今年入ってきた大型新人その4。高校時代はよくわからない謎の男。とりあえずモテモテだったらしい。常に軽い小説をもち、筋力トレーニングを欠かさないタフなナイスガイである。朝は常に新しいパンツに履き替えたときのようにさわやかである。まるで正月元旦の朝だぜ。
母「早く支度しなさい!」「だが断る」
花輪家ではこのやりとりが毎朝行われていた。
 ボート部に入った理由は、「「マルコ」と「エルゴ」ッ!この世にこれほど相性のいいものがあるだろうか!?」という思考にに駆られたかららしい。練習にも熱心で、エルゴ30分というと、「どうして「30分」だけなのよォオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」と叫び出すほどである。今年の東医体では努力の甲斐あって見事金メダルを獲得し、「やったーーッ!メルヘンだッ!ファンタジーだッ!こんな体験できるやつは他にいねーっ」と換気の雄叫びを上げた。これから先の成長も楽しみである。

 最後に一言…「花輪幸太郎はクールに去るぜ」