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Face.2 宮城県 南三陸町 公立志津川病院 菅野武医師(2/3) 

いつか、あの地震に勝つために
新たなフィールドへ

—東日本大震災発生以前から、地震や津波に備えて行政や救急組織と日常的に連絡を取り合っていたそうですね。

菅野:私は医長の立場で普段から防災に関する定例会議に参加しており、町長や消防本部の方々との連絡は密にしていました。ただ、病院では半年ごと、町全体では年に一度実施していた避難訓練が、今回の地震ではあまり役立てられませんでした。理由は、役場や警察の施設が全壊し人員も半減したため機能しなくなっていたためです。このことから、震災後の現場ではある程度は自分たちで自立した組織を目指さなくてはいけないと思い至るようになりました。

—例えば大学病院のような大きな施設に勤務していると、行政との付き合いや、人を束ねてマネジメントしていくような機会はそうありません。志津川病院に勤務してからの2年間は、ご苦労も多かったのではないですか。

菅野先生菅野:そこで役立ったのが、自治医科大学での経験です。全寮制のため同郷の先輩や部活の仲間との付き合いが深く、卒業後は地域医療に出ることを念頭に学生生活を送るというのが、この大学の特性です。「内科医1〜2名だけという地域の病院に勤務したら、自分が包括的に患者さんや病院運営に接していかなければならない」と先輩から常々聞くことで、小さいなりにシステムのリーダーになるという自覚が早い段階から芽生えていたように思います。

—志津川病院のような小規模な病院で働くことについて、どのようにお考えですか。

菅野:地域の小規模病院では若くして責任ある立場に就くこともあり、自分なりのスタイルでコメディカルを束ねていくことが必要になります。自分で物事を決めたり、その実行のために人々に相談・調整したりという能力が自然と培われるのは、地域の小規模病院ならではのことです。決められたことを決められたようにやることが重視される環境では、なかなか学ぶことはできません。

—地域医療に従事する9年間を、長いと思う人もいるようです。

菅野:初期研修を終え外の病院に出ると、一人前になったような気がするものですが、それは思い違いです。地域医療に出ると、一人では何もできないことを思い知らされ、打ちのめされますよ。でもその経験が大切なのです。しかも伸び盛りの時期に様々な経験を積めるのは、医師としても一人の人間としても本当に貴重です。この9年間を「義務」と思わず、自分を伸ばす「バネ」の時間と捉えてほしいですね。


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