研究テーマ

 下垂体前葉細胞の機能は、視床下部や末梢器官からの内分泌シグナルによって支配されています。 しかし、同時に前葉組織内にも細胞間コミュニケーションや細胞外マトリックスが細胞機能を調節するしくみが存在して、 はじめて下垂体前葉は、全体として調和のとれた活動をすることができるのです。 これらの局所的な細胞機能調節の機能を明らかにしようとする基礎研究は、 再生移植科学の分野でも、幹細胞からの機能的な臓器(組織)発生の観点から注目を集めようとしています。 私たちの研究室では、これらの課題に、光学顕微鏡および電子顕微鏡レベルでの免疫組織化学や in situ hybridization、 さらに、トランスジェニック動物やタンパク質の強制発現/発現抑制を行なった 細胞・器官の生体イメージング等の形態学的技術によってアプローチしています。 詳細は以下の通りです。

 私たちの体をつくる組織ひとつひとつは、実に多種多様な細胞の集まりです。 これらの細胞は、互いに接している場合もありますし、 「細胞外基質」と呼ばれる物質が細胞と細胞の間を埋めて組織を構築している場合もあります。 当然のことですが、いくら細胞が集まっても、それぞれがばらばらに活動していたのでは、機能的な組織は成り立ち得ません。 そこに存在する細胞が、調和のとれた活動をすることによって、 はじめて、ひとつの組織としての役割を果たすことができるのです。 組織全体の活動を調節するのは、神経やホルモンの役割です。 しかし、組織の中では、同じ種類の細胞であっても、置かれた局所環境によって、 それぞれがそれぞれの役割を果たさなければなりません。 どのようにすれば、それが可能となるのでしょうか? 個々の細胞は、まわりの細胞や細胞外基質との接着を情報として受容することで自分の置かれた環境を知って、 自らの性質や働きを調節していると考えられるのです。 私たちの研究室では、ホルモンを分泌する内分泌腺を中心に、そのしくみを研究しています。 ラット下垂体前葉は、LH、FSH、TSH、プロラクチン、ACTH、GH の 6種類のホルモンを分泌する組織です。 LH と FSH は、同じ細胞から分泌されますので、ホルモン産生細胞は 5種類になります。 これらの細胞は一見すると、組織内にランダムに分布しているように見えます。 しかし、ひとつひとつの細胞をみてゆくと、興味深い配列をしていることが分かってきました。 例えば、LH/FSH 細胞は、多くの場合、プロラクチン細胞によって取り囲まれていますし、 ACTH 細胞は、高い頻度で GH 細胞と隣り合います。 細胞に「仲の良い」種類があるのです。 私たちはまず、組織内を立体的に観察することができる共焦点レーザー顕微鏡を使って、 細胞の種類ごとの「仲のよさ(位置的親和性と呼んでいます)」を接着度という尺度で数値化してみました。すると、やはり前述の GH 細胞と ACTH 細胞、プロラクチン細胞と LH/FSH 細胞、 その他、GH 細胞と TSH 細胞、TSH 細胞とプロラクチン細胞の間に高い親和性があることが、統計学的に証明されました。 また、下垂体前葉細胞には、細胞間の接着を酵素で切断して細胞を分散しても、 その後に培養すると再集合して細胞塊をつくる性質があります。 私たちは、この細胞塊の中での接着度を求めてみました。 すると、細胞種ごとの接着度は、組織を観察したときの値と驚くほど高い相関を示しました。 外部からの働きかけによらずに、細胞が位置的親和性を再構築したのです。 位置的親和性は細胞自身に備えられた性質であることを端的に示す結果です。 しかしながら、実のところ、この細胞の位置的親和性がどのようなしくみでつくられるのか、 また、組織の機能にどのような意味をもっているのかということが良く分かっていないのです。
 下垂体前葉細胞の機能は、視床下部や末梢器官からの内分泌シグナルによって支配されています。 しかし、同時に前葉組織内にも細胞間コミュニケーションや細胞外基質が細胞機能を調節するしくみが存在しています。 細胞の位置的親和性は、そのような局所的な細胞機能の調節にとって好都合な構造と考えられます (私たちは、機能的組織構築と呼んでいます)。 これらの局所的な細胞機能調節の機能を明らかにしようとする基礎研究は、 現在、再生移植科学の分野でも、幹細胞からの機能的な臓器(組織)発生の観点から注目を集めようとしています。 私たちの研究室では、これらの課題に、光学顕微鏡および電子顕微鏡レベルでの免疫組織化学や in situ hybridization、さらに、トランスジェニック動物やタンパク質の強制発現/発現抑制、細胞・器官の生体イメージング等の形態学的技術によってアプローチしています。 現在進行中のプロジェクトには、以下のようなものがあります。 


1)下垂体細胞の発生・分化における細胞接着分子の役割
 胎仔期に下垂体組織がつくられるとき、細胞が劇的に増殖・分化します。 細胞の配列も大きく変わりますが、決して、渾然一体と混じってしまうことはありません。 この時期の細胞接着因子の働きは非常に重要なものであると思われます。 細胞接着分子として、もっとも大切なもののひとつにカドヘリンがあります。 カドヘリンには、いくつかのタイプがありますが、 これまでの研究で、私たちは、ホルモン産生細胞がその前駆細胞から分化する段階で、 カドヘリンのタイプが上皮性の E-カドヘリンから神経性の N-カドヘリンへと切り替わることを明らかにしました。 今後、各種転写因子との関連、そして、細胞の運命決定、組織幹細胞との関連を明らかにしてゆきたいと考えています。

2)細胞接着因子を基点とした「outside-in」型の情報伝達機構
 細胞接着因子とは、細胞膜に存在していて、細胞と細胞、あるいは細胞と細胞外基質を機械的に結合する分子のことです。 しかし、最近では、これらの分子が細胞外の情報を細胞内に伝える受容体の役割を兼ね備えていることがわかってきました。 細胞の位置的親和性は、こうした機構を通して細胞の機能を調節するというのがひとつの仮説です。 カドヘリンやインテグリンを中心に、初代培養細胞への組換え遺伝子導入の技術によって、 生きた細胞で遺伝子発現量をモニターできる系(レポーター)をつくり、この仮説を検証しています。

3)下垂体前葉細胞の細胞表面糖鎖と細胞認識
 細胞の表面には、細胞の種類ごとに異なる多種多様な糖鎖が存在しています。 細胞が別の細胞を認識するときに、この糖鎖が目印として使われる例が多く知られています (この意味で、細胞表面の糖鎖は「細胞の顔」に例えられます)。 下垂体前葉細胞の位置的親和性にも糖鎖が関与していることは十分に考えられます。 すでに、特定の細胞種のみに存在している糖鎖を複数みつけました。 この特徴を利用して、特定細胞を純化することにも成功しています。 今後、その役割を解明してゆきます。

4)下垂体前葉の機能的組織構築における濾胞星状細胞の役割
 下垂体前葉には、ホルモン産生細胞のほか、 その形から濾胞星状細胞と呼ばれるホルモンを分泌しない細胞が存在しています。 2007年に埼玉大学理学部の井上金治先生の研究グループが、 下垂体で濾胞星状細胞だけに緑色蛍光物質(GFP)をつくる遺伝子改変ラットの作成に成功し、 この細胞の研究に画期的な手法をもたらしました。 このトランスジェニックラットの供与を受け、バイオイメージングによって、 下垂体前葉の組織構築に濾胞星状細胞がどのような役割を果たしているのか新たな観点からの研究を始めました。

5)細胞外マトリックスによる細胞機能の調節
 上述の項目の研究から、濾胞星状細胞は、 コラーゲンやラミニンなどの細胞外基質が存在することによって、形や性質を大きく変化させることがわかりました。 細胞が周囲の細胞外基質を受容し、自らの性質を変化させる "matricrine" の好例と考えられます。 このことが下垂体の機能にどのような意味をもつのか研究を進める予定です。

6)局所で合成されるレチノイン酸の下垂体前葉における役割
 胎児期の器官発生や成体の器官の維持にレチノイン酸が大きな役割を果たしていることが知られています。 私たちは、ラット下垂体の発生過程で、 レチノイン酸合成酵素 RALDH が質的、量的に非常に特徴的な変化をすることを明らかとしました。 このことは、レチノイン酸が下垂体で局所的に合成され、局所ホルモンとしての役割を担っている可能性を示すと同時に、 レチノイン酸が下垂体の器官形成、細胞分化に深く関わっていることを強く示唆しています。 この仮説を今後、さまざまな分子生物学的手法で解明してゆきます。