自治医科大学附属さいたま医療センター 心臓血管外科

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胸部大動脈疾患

当科は、1989年のセンター開設以来、胸部大動脈領域の疾患に対して、待機的手術のみならず、緊急手術を積極的に行ってまいりました。胸部大動脈領域の疾患は、破裂や解離をきたすと非常に重症化します。本項では、代表的な胸部大動脈疾患である胸部大動脈瘤と急性大動脈解離の病態とその治療法を説明いたします。

胸部大動脈瘤の病態・成因・自然経過に関して

動脈瘤(どうみゃくりゅう)とは、血液を全身に送る通り道である動脈が一部で異常に拡大した状態(いわゆるコブ)で、一般的には直径が正常の大きさの50%以上増加したときに瘤(りゅう)と呼ばれます。動脈瘤の中で心臓に直接つながる大動脈が拡大したものが大動脈瘤で、横隔膜より心臓に近い部分に発生するものを胸部大動脈瘤(上行大動脈瘤、弓部大動脈瘤、下行大動脈瘤)、横隔膜以下のものを腹部大動脈瘤と分類し、胸部から腹部の広範囲に広がる場合には胸腹部大動脈瘤と呼ばれます。一般的に、胸部であれば45mm以上、腹部であれば30mm以上を、大動脈瘤と診断します。また形状では紡錘状瘤と嚢状瘤(一方向性に突出)に分類され、破裂リスクが異なります。

原因は様々ですが、最も多いものは動脈硬化に伴うものといわれ、喫煙・高血圧・コレステロール異常等が発症に関与するといわれています。またいくつかの遺伝的疾患の関与(マルファン症候群等など)や、感染、炎症なども原因として指摘されています。

多くは無症状で経過し、検診等で偶然発見される状態です。時に大きくなった動脈瘤による圧迫症状(呼吸困難、声のかすれ、飲み込みにくいなど)が出ることもあります。
治療をしなければ、胸部大動脈瘤が徐々に大きくなり、最終的には破裂します。胸部大動脈瘤は成人突然死の代表的疾患であり、破裂した場合、大出血を起こし死に至ります。このため、一定の大きさ以上になった場合や急速に拡大する場合、手術による治療が勧められます。

胸部大動脈瘤の開胸手術

胸部大動脈瘤が55mmを超える場合、または半年間に5mm以上の速さで拡大している場合、破裂の危険性が高いと判断され、手術治療の適応となります。一度大きくなった大動脈瘤が縮小することはありません。嚢状瘤やマルファン症候群などの遺伝的素因のある方の場合には、破裂の危険性が高いため、より小さいサイズでも手術治療が推奨されます。  開胸手術では瘤になった大動脈を直接切除した後、人工血管に取り換えます。胸部大動脈瘤の場合には、基本的には、人工心肺装置を使用して、自身の心臓を停止させ、場合によっては脳にも人工的に血流を流しながら手術を行います。心臓を停止して手術を行う場合には、手術中に脳や脊髄、腸管などの重要臓器のダメージを減らすことを目的に、体を冷却して手術を行うことが一般的です。後述するステントグラフトという治療法と比較すると体への負担が大きいという欠点もありますが、再発の少ない耐久性に優れた確実な方法という利点があります。

胸部大動脈瘤のステントグラフト治療

近年、血管内から治療を行うステントグラフトという治療法が広まってきています。これは、足の付け根の動脈からカテーテルという金属の細い管を使用し、それに沿って人工血管を動脈瘤の場所まで運ぶことで内側から動脈瘤を塞いでしまうという方法です。太ももの付け根の部分に数cmの小さな切開を入れるだけで治療ができることが多く、従来の開胸手術と比較して体の負担が少ないため、患者さんの年齢や全身状態、動脈瘤の場所や性状などによっては非常に有用な治療選択肢となります。
当センターでは、一般的な下行大動脈瘤へのステントグラフト治療だけでなく、やや合併症が多く適応の難しい弓部大動脈へのステントグラフト治療(開窓型ステント内挿術)も、現在積極的に実施しており、良好な治療成績が得られています。

また、後述する急性・慢性大動脈解離に対するステントグラフト治療も患者さんの数が増えています。これらの複数の治療の中から、病気の内容と患者様の術前状態(一般的な体力や余病の有無など)を照らし合わせて、総合的に判断して一番良いと思われる治療法を選択しています。ステントグラフト治療を希望される方はお気軽にお問い合わせください。

胸腹部大動脈瘤に対する開胸手術について

胸腹部大動脈瘤は、胸部から腹部にかけて広範囲に大動脈が拡大している状態です。胸腹部大動脈瘤に対する開胸手術は、大動脈瘤の範囲にもよりますが、6-12時間の手術時間が必要となります。体への侵襲は大きいですが、最も確実な治療です。手術には、左の背中からお臍の左側までの大きな創が必要です(下図)。人工心肺を使用し、心臓を停止させ、脳にも人工的に血流を送りながら、胸腹部大動脈を人工血管に置き換えます。脊髄の栄養動脈,腹部臓器,腎臓の動脈は再建する必要があります。当科では、本手術の最大の合併症である、脳梗塞と脊髄麻痺を予防するために、必要に応じて「超低体温下循環停止(DHCA)法」という方法を活用して、良い成績を治めています。

急性大動脈解離について

大動脈解離とは大動脈の壁に亀裂が入りこみ、血流が流れ込むことにより様々な病態を引き起こす、生命を脅かす可能性のある重篤な疾患です。高血圧症、動脈硬化、マルファン症候群などの遺伝性疾患などを背景に発症し、これまで経験したことのないくらい激しい胸部痛、背部痛が突然出現します。この他、15%程度は失神・意識消失で発症し、時に突然の腹痛や下肢の痛み・痺れなどでも発症します。50-60歳の男性に多く、放置すれば大動脈の破裂による出血、大動脈分岐血管の閉塞による臓器血流障害(心筋梗塞、脳梗塞、腹部臓器虚血、脊髄虚血、下肢の虚血)などを引き起こし高率に死に至ります。大動脈解離では亀裂の部位と広がりにより分類されますが、上行大動脈に解離が波及するStanford A型の場合には、手術治療なしでは発症から48時間以内に約半数の方が死亡するとも報告されています。症状のない安定したStanford B型の場合には、入院での血圧管理が主な治療方法となりますが、強い痛みが遷延する場合や、臓器灌流障害・急速な大動脈の形態変化を認める場合は、不安定型のStanford B型大動脈解離と診断され、外科的治療による介入が必要になる場合があります。
(メディカル・サイエンス・インターナショナル社Intensivist Vol.7 no. 4 木村直行著 より許可を得て転載)

緊急手術が必要な場合、手術方法は主に上行大動脈または上行弓部大動脈を人工血管に取り換えますが、場合によっては冠動脈バイパス手術や弁置換手術を追加することがあります。また、臓器灌流障害を強い場合や、下行大動脈に亀裂が存在するいわゆるDeBakey III型の逆行性解離の場合には、臓器灌流障害の改善や亀裂の閉鎖を目的として、ステントグラフト挿入術を同時に行うこともあります。内科的治療を選択した場合でも経過中に合併症の発生により手術を必要とする場合があります。

急性大動脈解離から救命できた場合でも、遠隔期に解離を起こした部分の大動脈が徐々に拡大し、解離性大動脈瘤となると、前述の大動脈瘤と同様に破裂を予防するための手術が必要になることもあります。このため、生存退院された患者様は、CTやMRIなどの画像検査を定期的に行い、残存する大動脈解離病変の評価を注意深く行うことは、破裂や再解離を予防するうえで極めて重要です。

胸部大動脈疾患の治療実績

当科における胸部大動脈疾患に対する手術治療実績を表に示します。現在、自治医科大学附属さいたま医療センターでは、ステントグラフト手術を含めた胸部大動脈疾患に対する手術を年間120-150件程度・急性大動脈解離に対する手術を年間40-50件程度実施しております。2007年の導入後、低侵襲なステントグラフト手術件数は増加傾向で、今後もこの傾向は続くものと思われます。また、近年、胸部大動脈瘤破裂、急性大動脈解離、外傷性大動脈損傷などの緊急手術の頻度も増加しております。 今後も、循環器診療の基幹病院として、地域の循環器・救命救急診療に携わる先生方と連携して、地域の皆様方の健康な生活の維持に貢献していきたいと考えております。また、自治医科大学附属さいたま医療センターは、近隣地域のみならず遠方からの受け入れも積極的に対応しております。かかりつけの先生より診療情報提供書をいただき、心臓血管外科を受診いただければと思います。

連絡先

心臓血管外科外来は毎日行っていますので、お時間に余裕があれば下記予約コールセンターまでご連絡ください。

お急ぎの場合は、心臓血管外科担当医師と直接相談いただければと思います。