心と科学について考える

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 せっかくホームページを開設したので、どうして心理学者を職業として選んだのか、心を科学することについてどのように考えているのかなど、「心と科学について考える」というタイトルで少しだけお話しをさせてください。
 中学、高校と多感な思春期を過ごした私の当時の関心事は人の心でした。私は一年浪人をして立命館大学文学部哲学科心理学専攻という長い名称の所属で大学生をすることになりました。両親は心理学など占いのようなもので将来の役に立たないと最初は進学に反対しましたが、最後は折れて実家の横須賀から大学のある京都へと快く送り出してくれました。
 入学後、そんな両親の優しさを裏切り、私は浪人生活でたまった憂さを晴らすために勉強はそっちのけで友達と遊び呆けていました。将来の目標もなく、漫然と大学生活を過ごす当時の私に自分の明確な将来像は見えていませんでした。そのまま時間は過ぎていきましたが、私は卒業に必要な単位を稼ぐという大学生らしい理由で生理学という講義を受講しました。当時、立命館大学には生理学を教えられる先生がいなかったため、講義は京都大学の先生が出張して行っていました。生理学という学問がどのような学問かを知らず、ただ単位をとるために私はその講義を受講したのですが、そこで行われた講義がその後の私の人生を決めました。
 当時、心理学に面白さを感じられなかった理由の1つに「心が見えない」というジレンマ(ストレス?)がありました。知りたいのに見えない。ではどうしたら良いのかというもどかしさを入学後すぐに感じてしまい、心理学に興味が持てなくなりました。目に見えるものがすべてだと、当時の自分は考えていたのでしょう。ただ、心理学に興味は持てなくても人の心には興味がありました。どうにか目に見える形で心を理解したいという思いを生理学の講義は上手に昇華してくれたのだと思います。ちょうど同じ頃、将来の方向性の1つの選択肢として心理臨床に関わることも視野に入れ始めていました。心理臨床の現場を知りたいと考え、精神科のクリニックにデイケアのボランティアとして通っていたのですが、その当時の自分は現場で展開される、いわゆる臨床知に馴染めませんでした。臨床知もやはり目に見えないということと、科学的ではないので受け入れ難いという思いが当時はありました。そういう状況でしたので、生理学の講義の面白さも後押しして、大学院で脳の研究をして生理学者になるという人生の方向性を(たしか)15回の講義を終了するまでに決めたように思います。
 方向性が決まればあとはやるだけです。立命館大学には幸いハトを扱う動物実験施設があったので、生理学は動物実験を相当行うということを聴いた私はハトを対象とした非常に基礎的な実験を体験し、さらに卒業論文ではその体験を基礎にヒトの生物学的側面に目を向けて実験に取り組みました。「学習性無力感パラダイム」を用いた研究が私の卒業論文だったのですが、これはうつ病のモデルとされています。あくまでも科学的方法に則り、基礎研究の立場から臨床応用へつなげていくという心理学者としての自分の所信を卒業論文で表明するつもりで作成しました。
 学部を無事に卒業した私は、大学院は実家から通える場所にある横浜市立大学大学院医学研究科医科学専攻生理学教室に進みました。学習性無力感研究の延長線上で環境が心に与える影響に興味を持った私は、精神神経疾患は環境もリスクファクターになるという観点から、環境が脳に与える影響をテーマに大学院での研究を進めることにしました。当時、教授を務められていた先生が性差に興味を持っておられたので、環境が脳に与える影響の性差を調べることが当面の私の仕事となりました。大学院ではラットを対象に行動解析と生理学的解析を組み合わせた研究を行い、自分の基礎となる仕事をいくつか残すことができました。そして修士課程修了後、横浜市立大学医学部医学科生理学教室の助手になることができました。ただ、このあたりで何か腑に落ちない思いを抱えながら研究を続けている自分に気づきました。脳は見ているけど心は見ていないというジレンマです。心を目に見える形で探求したいから脳の研究を始めたのに、やはり脳は脳であって心ではないという考えが沸々と湧いてきてしまったのです。この頃の自分の中には様々な迷いがあって、このまま脳の研究を続けても心はわからないのではないかという疑念で頭がいっぱいでした。「心の探究者」という自分のアイデンティティが脅かされた時期だったので相当カリカリしていたと思います。この時の自分に接した方々、本当に申し訳ありませんでした(汗)。
 横浜市立大学の助手のポストは任期制だったので、一定期間務めた後、姫路獨協大学薬学部医療薬学科生理学教室に移り、そこで講師として働くこととなりました。姫路獨協大学では脳を生化学的な視点から見つめて、環境が統合失調症発症に与える影響の性差について研究を行っていましたが、「脳は見ているけど心は見ていない」というジレンマはいまだに解決されていませんでした。心はどのようにアプローチしたら答えが見えてくるのだろう?この問いを一線で活躍している心理学者の先輩達にぶつけていたのがこの時期だったと思います。そして、心を探究することに疲れてしまったのもやはりこの時期でした。
 筑波大学大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻にて学位取得に向けて論文指導を受け始めた頃から、なんとなくですが、心を研究する際のアプローチの仕方がわかってきました。心理学は心を見ないで行動を見る。そして多角的に行動を見る中で心の在り様を推察する学問であることがようやく理解でき始めていました。しかし、この理解を納得に変えるためには、結局のところ、心は見えないということを受け入れなくてはいけません。でも、当時の自分はそれがなぜか受け入れられるようになり始めていました。大きなきっかけは長男が誕生したことです。すべてを脳に還元するアプローチでは、長男とのやりとり、つまりは心の交流を記述できないことに気づいたからです。本当に当たり前のことなのですが、当時はそれに驚きました。ただ、自分の中に心が生じる際は、脳、ひろくは身体が必要であることは間違いなく、学部4年生の頃から読み始めていたHebb, D.O.の一連の著作が示す生物心理学の考え方は常に根底にありました。でも「脳=心」ではないという図式は素直に自分の頭に(たぶん心に)浸透していきました。
 心が生じる際には脳、ひろくは身体が必要であることは間違いない。でも「脳=心」ではない。不思議ですよね。当時は子供の存在がこの矛盾を凌駕して自分の思考を広げてくれたのですが、これが言語として理解されるのはもう少し先のことでした。こうして日常生活を通じて自分の心に対する考え方に変化が見られ始めたのですが、せっかくここまで心の座として脳にこだわって研究をしてきたのだから、仕事では行けるところまで行こうという気にもなっていました。学位取得後、脳を機能(生理学)や分子(生化学)の側面から捉えるだけでなく、形態(解剖学(形態学))にも着目して研究を行いたくなり、東邦大学医学部医学科解剖学講座微細形態学分野の助教になり、その後、同講座の講師になりました。東邦大学では、やはり環境が脳に与える影響の性差についてマウスを対象に行動解析と形態学的解析を組み合わせた手法で研究を行いました。東邦大学に異動してから一卵性の双子の長女と次女が誕生し、研究もさることながらプライベートも大忙しでした。でも、家に帰れば人の心の性差が現場で見られるし、一卵性双生児の観察もできるし、これはこれで良いかななどと忙しさをプラスに捉える努力をしていたようにも思います。脳は見ているけど心は見ていない、でも、脳=心ではないということは感覚的には理解できたし、でも心が生じるためには脳を含めた体が必要なことも感覚的には理解できているし、これはこれで一つのかたちとして自分の中にやっと収まったからいいかな、という気になり始めていました。でもやはり・・・いやいや、迷っても仕方ない。脳の研究は脳の研究として進めて、そこから所々で心を垣間見て満足するような生き方をしよう!っと、踏ん切りをつけようとしたのですが、やはり気になって、「心はどのように探究したら良いのか」という十年来のこの命題を片づけるべく、大学での仕事とは別に様々な方面から問題の整理を始めたのが東邦大学に来て2年目の時期でした。
 そもそも心理学には多様なアプローチがあります。私がこれまで行ってきた生物学的アプローチも、このうちの1つなのですが、他に、行動学的アプローチ、認知的アプローチ、精神分析的アプローチ、主観主義的アプローチという代表的なアプローチが存在します。それぞれが骨子となるドグマを持っていて、それを基礎としていくつもの理論を構築しています。またその理論に基づく心理療法がそれぞれ開発されています。物理学のように数式を多用する学問であるならば数学的な統一を図ることもやぶさかではないのですが、すべてが数式で記述できるわけではなく、心理学の理論の多くは言語によって記述されています。これを形式論理の式に直して理論的統一を図る理論心理学という分野もありますが、これらのアプローチのさらに根底にはそのアプローチのドグマを支える人間観があるということにようやく気づきました。つまりはイデオロギーの対立なので統一を図ることはそもそも難しいのです。でもこれら主要5方向からスポットライトを照らすことで心は浮き彫りにできる。ただし、各アプローチから生み出された理論をいたずらに使うのはルール違反で、その理論はそのアプローチにおいてのみ使用を許されるということもわかってきました。心を探究する方法はなんでもありではないけれど多様なアプローチが許容される。むしろそうしなくては心の本質に辿り着けない。それを最近やっと理解することができました。心理学はそういう性質の学問なのだということにやっと気づけたのです。大学で心理学の門を叩いてから十数年が経ってしまいました。自分はとても理解が遅い人間なのだなとしみじみと思いました。
 多様なアプローチが許されるなかで自分はどのアプローチに重きを置いて研究を進めるのか。結局、私は生物学的アプローチを選択しましたが、他のアプローチを視野に入れた有機的つながりのもとで研究を進めていくという自分のスタイルをようやく確立することができました。その時です。不思議なもので自治医科大学医学部医学科心理学研究室の教授の公募が始まり、幸運にも心理学研究室を運営する機会を頂きました。人生ってうまくできているなと最近つくづく感心してしまいます。自治医科大学では、これまで培った様々な知識、経験、技術をもとに、ヒト、ラットおよびマウスを対象にトランスレータブル行動・生物指標を用いた発達段階・性別特異的行動異常の包括的研究を展開しています。詳しくは「研究内容」にて紹介しています。少しだけお話しさせてくださいと言いながら、とても長文になりました(汗)。また、ヒトの記憶は都合よく書き換わるので、ひょっとしたら事実と齟齬があるのかもしれませんが、私の中で振り返る心に対する取り組み方の変遷はこのような感じでした。最後まで読んでくださった方、とても感謝です。

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