附属病院は、「医の倫理に徹し、高度の臨床的実力を備え、かつ、医療に恵まれない地域の医療に挺身する気概のある医師を養成する」ことを建学の精神とした本学における学生が学ぶにふさわしい環境をつくり、高度の医療を地域住民に提供し充実した卒後臨床研修の場を提供し、臨床医学の進歩に貢献するために、開院以来、次のような目標を掲げてきました。
1 科学的でしかも人間味豊かな医療
2 専門各科の連携による近代的医療
3 全職員のチームワークによる患者中心の医療
4 地域にとけこみ地域から親しまれる大学病院

昭和49年 1月17日 病院開設許可
4月15日 自治医科大学附属病院として開院
57年 3月 3日 地域家庭診療センターの開設
59年 6月12日 核医学センターの開設
60年 7月23日 MRI(常電導)の導入
9月17日 内科外来の増築
61年 5月 1日 特定承認保険医療機関承認
平成 2年 7月 7日 MRI (超伝導の導入)
3年 8月 1日 救急告示(第1次、第2次救急)
4年 6月 1日 救急部病棟の増床
同 日 放射線治療ライナック(2台目)の導入
5年 1月20日 X線骨密度測定装置の導入
6年 1月 1日 特定機能病院承認
7年 4月 1日 健診センター開設
7年11月 1日 エイズ拠点病院選定
8年 9月 1日 総合周産期母子医療センターの開設
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病 床 数 1,026床
外 来(平成10年度) 627,161人(1日平均2,570人)
入 院(平成10年度) 335,464人(1日平均 919人)
手術件数(平成10年度) 5,623人
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医 師 506人(内レジデント
179人)
看 護 婦 779人
看 護 補 助 員 38人
医 療 技 術 職 員 268人
事務職員・その他 107人
計 1,698人
(平成11年8月1日現在)
| 循 環 器 内 科 | 教 授 | 島 田 和 幸 |
| 消 化 器 内 科 | 教 授 | 菅 野 健太郎 |
| 呼 吸 器 内 科 | 教 授 | 杉 山 幸比古 |
| 血 液 科 | 教 授 | 小 澤 敬 也 |
| 神 経 内 科 | 教 授 | 中 野 今 治 |
| 内 分 泌 代 謝 科 | 教 授 | 斉 藤 寿 一 |
| アレルギー膠原病科 | 教 授 | 簔 田 清 次 |
| 腎 臓 内 科 | 教 授 | 浅 野 泰 |
| 内科薬物治療科 | 教 授 | 藤 村 昭 夫 |
| 皮 膚 科 | 教 授 | 中 川 秀 己 |
| 放 射 線 科 | 教 授 | 古 瀬 信 |
| 精 神 科 | 助 教 授 | 加 藤 敏 |
| 小 児 科 | 教 授 | 桃 井 真里子 |
| 心臓血管外科・ 呼吸器外科 |
教 授 助 教 授 |
布 施 勝 生 蘇 原 泰 則 |
| 脳 神 経 外 科 | 教 授 | 増 沢 紀 男 |
| 消化器・一般外科 | 教 授 | 永 井 秀 雄 |
| 整 形 外 科 | 教 授 | 星 野 雄 一 |
| 小 児 外 科 | 助 教 授 | 牧 野 俊 一 |
| 産 科 婦 人 科 | 教 授 | 佐 藤 郁 夫 |
| 泌 尿 器 科 | 教 授 | 徳 江 章 彦 |
| 耳 鼻 咽 喉 科 | 教 授 | 市 村 恵 一 |
| 眼 科 | 教 授 | 水 流 忠 彦 |
| 麻 酔 科 | 教 授 | 清 水 禮 壽 |
| 歯 科 口 腔 外 科 | 教 授 | 赤 坂 庸 子 |
| 地域家庭診療センター | 教 授 | 梶 井 英 治 |
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| 中 央 手 術 部 | 教 授 | 清 水 禮 壽 |
| 集 中 治 療 部 | 教 授 | 窪 田 達 也 |
| 中 央 放 射 線 部 | 教 授 | 古 瀬 信 |
| 教 授 | 菅 原 正 | |
| 救 急 部 | 教 授 | 鈴 川 正 之 |
| リハビリテーションセンター | 助 教 授 | 刈 谷 裕 成 |
| 臨 床 病 理 部 | 教 授 | 伊 東 紘 一 |
| 病 院 病 理 部 | 教 授 | 斉 藤 建 |
| 輸 血 部 | 教 授 | 小 澤 敬 也 |
| 薬 剤 部 | −−− | −−−−−−−− |
| 栄 養 部 | 教 授 | 島 田 和 幸 |
| 臨 床 工 学 部 | 教 授 | 布 施 勝 生 |
| 透 析 部 | 教 授 | 浅 野 泰 |
| 内 視 鏡 部 | 助 教 授 | 井 戸 健 一 |
| 総合周産期母子医療センター | 教 授 | 桃 井 真里子 |
| 教 授 | 佐 藤 郁 夫 |