骨髄幹細胞を用いた心筋梗塞の再生治療

自治医科大学 再生医学研究部 教授  花園 豊

 

1.心筋梗塞の幹細胞治療への期待

 心筋梗塞は我が国の死因の上位を占める疾患である.心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患患者に対しては,カテーテル治療やバイパス手術が行われるが,これら治療が困難な症例も少なくない.これら患者に対しては,新しいアプローチの治療法が求められている.そこで期待されているのが再生医学的アプローチに基づく幹細胞治療である.

 期待の端緒になったのが,2001年のOrlicらのNature論文である(1).マウスの系で虚血心筋に造血幹細胞を移植すると,移植細胞から内皮や心筋細胞が出来て心機能が改善したと言う.この報告を契機としてヒト臨床応用への期待が一気に膨らみ,以後,十指を下らない臨床報告がLancet誌やCirculation誌等に掲載された.いずれも骨髄細胞の移植によって心筋梗塞後の心機能が改善したと報告している.

 

2.幹細胞治療はなぜ効くか?

 ところが,Orlicらの報告から3年後の2004年4月のNature誌およびNature Medicine誌は,虚血心筋における造血幹細胞の可塑性を否定する論文を計3本掲載し(2-4),現在世界各地で臨床研究の段階に入っている,幹細胞の可塑性を「イメージ」させるような治療法が,その基礎的裏付けが十分ないまま実施されている現状を批判した.

 しかし,裏付けはともあれ,多くの臨床試験の結果からは,心筋梗塞に対して骨髄細胞移植が有効と言えそうだ.ただし,骨髄中のどの細胞が効いているのかさえはっきりしないのが現状である.もし造血幹細胞が効いているのでないとすれば,血管内皮前駆細胞(5),それとも間葉系幹細胞(6)が効いているのであろうか?また,どのような機序で効くのだろうか?(移植細胞の分化,可塑性,融合,パラクライン?)

 今後の研究の焦点は,まさにこれらの問題の解明にある.その次は,大型動物を用いた有効性と安全性の検証に移るであろう.最終的には,病態に応じた治療法の最適化を図った上でヒトに応用されることになろう.

 

3.サルを用いた研究

 我々は,齧歯類で得られた研究成果をサルで検証し,ヒトへの応用に向けた「橋渡し」を目的とする研究を展開している.実際にサルの心筋梗塞モデルを作製し,骨髄幹細胞を利用する心筋梗塞治療を試みた(7).この際,細胞をあらかじめ遺伝子標識してから移植した.したがって,サル体内における移植細胞の運命を追跡可能であり,治療の有効性や安全性の評価にとどまらず,作用機序の解明を期待した.

 サルの系で本治療の作用機序を明らかにすることが出来れば,より有効な治療法をめざしていっそうの改良を加えたり,病態に合わせて治療法を最適化できるようになる.たとえば,どの細胞分画が効いているのかがわかれば,必要な細胞分画だけを移植する,あるいは不要な細胞分画を取り除いてから移植することが可能になる.これは治療の改良・最適化につながるだけでなく,安全性の向上にも大きく寄与するはずである.

 

. "Cytokine Factory"としての働き

 まずサルの冠動脈前下行枝を結紮して心筋梗塞を作製し,梗塞部位周辺に骨髄幹細胞であるCD34+細胞を自家移植した.CD34+細胞にはあらかじめ緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を導入して目印とした.移植2週後,細胞移植群(n=4)では,生食コントロール群(n=4)に比べて,局所血流と心機能の有意な改善が認められた.前述の3つのNature報告はマウスの心筋梗塞モデルを使って造血細胞の可塑性を否定することを前面に出しており,心機能改善についてははっきりものを言っていなかった.一方,我々は,実験に用いたサルの数は十分とは言えないかもしれないが,それでも霊長類を使って統計学的に有意な心機能改善を示した.心筋梗塞に骨髄幹細胞移植は確かに効くのである.

 しかし移植部位を調べてみると,意外なことに,GFP陽性の移植細胞由来の新生血管も心筋細胞もほとんど検出できなかった.移植細胞から血管や心筋が出来たわけではなかったのである.一方,移植細胞は血管内皮増殖因子(VEGF)を分泌し,実際,心筋組織中のVEGF含有量は,細胞移植後,生食コントロール群に比べて有意に増加していた.

 このことから,心筋梗塞に対する骨髄幹細胞移植後の心機能の改善は,移植細胞の内皮や心筋分化の結果ではなく,移植細胞から分泌される液性因子を介した間接的な効果らしいことがわかった.幹細胞治療では,肝心の幹細胞は「幹細胞(Stem Cell)」として働いているのではなくて「サイトカイン工場(Cytokine Factory)」として機能している可能性が高いのではないか.「幹細胞治療」の考え方自体,今後,再考の必要が出てくるかもしれない.

 ところで,幹細胞治療の作用機序が,もし分泌されるサイトカインによるものだとすれば,サイトカインを直接投与する治療法が効いてもいいはずである.ところが,サイトカイン(VEGF)単独投与では心機能はよくならないことが報告されている.おそらく複数のサイトカインの協調作用が必要なのだろう.治療効果に関与するサイトカインの解明は、今後の重要な課題である.

 

謝辞

 本稿で述べられた実験データは,主として吉岡徹(現信州大学臓器発生制御医学)が得たものである.本研究は,国立感染症研究所筑波霊長類センター寺尾恵治センター長,信州大学池田宇一教授らとの共同研究である.

 

文献

1) Orlic D et al. Nature 2001;410:701.

2) Murry CE et al. Nature 2004;428:664.

3) Balsam LB et al. Nature 2004;428:668.

4) Nygren JM et al. Nat Med 2004;10:494.

5) Asahara T et al. Science 1997;275:964.

6) Kawada H et al. Blood 2004;104:3581.

7) Yoshioka T et al. Stem Cells in press.