レース編(Q11〜Q15)

Q11.8代目スカイラインGT-Rのエンジン・RB26DETTはどうして2.6リッター(正確には2568cc)という半端な排気量を選んだの?

A11.
 
国内の税法から言えば2.6リッターというのは実に中途半端です。保険や重量税なども1000cc以上は500cc単位で区切られています。たかだか100ccの差で、一つ上のクラスの保険料や重量税を払わなくてはなりません。でもそこはGT-R、やはり理由があるのです

 ケンメリGT-R以後、16年の長い歳月を経てR32 GT-Rは蘇りました。そして、このGT-Rに搭載されるエンジンは当初、いろいろな排気量、いろいろなタイプのエンジンが候補に挙がっていました。R31 GTS-Rの参戦していたレースはグループAで、やはりGT-RもこのグループAで戦うために開発されたのです。グループAで絶対に勝つためにはじき出された排気量が、2.6リッターという中途半端な排気量だったのです

 それはグループAのレギュレーションに関係があるのです。当時のグループAでは、排気量により最低車両重量とタイヤの最大幅が決められていました。そしてGT-R開発陣のエンジン出力の目標値は600馬力!
 当初、R32 GT-RはFR(2WD)、排気量2.35リッターターボ、車輌重量1250kgで開発が始まりました。しかし、4WDシステムなどの採用決定などによりGT-Rの車両重量は重くならざる追えませんでした(4WDシステムの採用で100kg増)。グループAのレギュレーションによると、2.4リッター以下のターボエンジン搭載車の場合、最低重量は1180kgで、この最低車重量を実現するには無理がありました(レーシングカーはパワー・ウェイト・レイシオが小さくなる、重量の軽いほうが有利なのです)。この上のクラスになると最低車重量1260kgのクラスになります。ターボ車の場合、このクラスでは排気量が2.4リッター以上2.6リッター未満となっていました。そこでクラスが同じなら2.4リッターよりも排気量の上限ギリギリの2.6リッターのほうが、目標の600馬力を達成するのに余力があります。その結果、GT-Rのエンジン排気量は2.6リッターという国内の税法は無視した排気量設定となったのでした。
 その他、グループAのレギュレーションの中には
主要パーツには量産品を使わなくてはならないという規則があったのです。普通、量産エンジンはコストなどの関係上、他の車種とのパーツの共用化など、ある程度妥協されたエンジンになってしまいますが、RB26DETTはそのような制約は全く度外視され、ひたすら高出力、耐久性などを追い求めた結果、量産エンジンとしては過去に類をみないオーバークオリティなエンジンとなったのです。GT-Rはレースの為に生まれてきた車というところが、その全てに関わってきていると言っていいでしょう!


Q12.グループAでのR32 GT-Rの戦歴は?

A12.
 
なんとこのグループAがスカイライン神話の第2幕となったのです。実にハコスカGT-R以後、16年ぶりの神話復活でした。

 グループA仕様のGT-Rは1989年6月に富士スピードウェイでシェイクダウンされました。翌年(1990年3月)のデビュー戦へ向けてのテストが始まったのです。この時のテストドライバーは星野一義、長谷見昌弘、高橋国光、鈴木利男などそうそうたるメンバーが参加していたのです。

 そして、1990年全日本ツーリングカー選手権第1戦、西日本サーキットでR32GT-Rはレースデビューを果たしました。結果は星野/鈴木の駆るカルソニックスカイラインのポール・トゥ・ウィン。予選ではコースレコードを2秒近く短縮、決勝レースでは全てのマシンを周回遅れとする、ハコスカGT-Rのようなデビュー・ウィンを成し遂げたのでした。なお、2位にはもう一台参加していたGT-R、リーボックススカイラインが入っていました。こちらはギヤボックスのトラブルのため周回遅れの2位に甘んじてしまったのです。いずれにせよ、前年度のチャンピオンであるフォード・シエラRSを全く寄せ付けないでレースを終えたのです

 結局、このデビュー・ウィン以来GT-RはグループAの終了する1993年のレースまで4年間(1990〜1993)無敗で勝ち続けたのでした。実に29連勝!!!スカイライン復活の新たな一ページを刻み込んだのでした。

 なお、グループAレースが1993年度でなくなってしまったのには、このGT-Rが一枚かんでいます。GT-Rがあまりにも強すぎたために、グループAが他車のレース撤退によるGT-Rのワンメイクレースと化してしまったことが一つの要因です。そして、このグループAはJTCCとして引き継がれています。しかし、レギュレーションの関係上、GT-Rはこのレースには参戦することが出来ません。さらに興味深いことは、グループAからJTCCに変わったとたん観客動員数が一気に減りました。GT-Rのワンメイクレースと化していたグループAでの観客動員数のほうが、今のJTCCよりも明らかに多いのです。これも、GT-Rの雄姿が観客を引きつけていたことを示しているのではないでしょうかねぇ。


Q13.グループA仕様のGT-Rって普通のGT-Rと何が違うの?

A13.
 
まず、外装上の見た目の変更は、ほとんどないと言っていいでしょう。普通に見ただけだと、やたらとステッカーがはってあるのが気になるだけです。ところが中身は全く別物と言っていいでしょう。

 重要なのはシャーシと足回りです。なんと言ってもボディ剛性。600馬力ものエンジンパワーを受けとめるべく、数々の補強がなされています。普通の車のパネル面の溶接は点溶接で行われていますが、より強固な線溶接への変更。ストラットタワーバーやロールゲージなどの採用はもちろんのこと、その装着はボディへの直接溶接。室内からのパイプはバルクヘッドを突き抜けストラットに溶接など、ありとあらゆる補強がされています。特にフロントヘビーのGT-Rはこのフロント部の強化に力が入れられていました。ただ、補強ばかりをやっても、それで車両重量が重くなっては話になりません。必要最低限の補強で納めているのです。

 しかし、この補強も2レースほどしか保たなかったと言うから驚きです。よほどレースが過酷なものかというのを表しているのではないでしょうか。

 そして、このボディに見合った足回りの変更が行われています。レギュレーション内で最適とされるジオメトリーに支点を移動し、ポールジョイントを用いた専用アームを組み込んでいました。レースごとにショックを使い分けることはしていたものの、グループAは車輌の改造幅が少ないため、ほとんどバネレートぐらいしかいじれなかったのです。車高も50mm落とすのが精いっぱい。もっぱら足回りのセッティングはATTESA E-TSのセッティングで行っていました。このベストセッティングが決まるのもレース開始後、2年経ってからみたいです。それでもグループA車輌のアンダーステアーには最後まで泣かされていたみたいですが・・・。

 最後にこのGT-Rを支えたエンジンを忘れてはいけません。日産工機(REINIK)で組み上げられたRB26DETT改でした。最高出力550〜650馬力、最大トルクは65kg-m以上という、まさにレーシングスペック。ライバルのいなくなった91年度のレースからは過給圧(馬力)を落とし、信頼性の向上のみに重点が置かれるようになりました。もはや、敵無し状態。いたずらに馬力をあげる必要がなくなったのです。同時に性能向上は終了しています。

なお、実際600馬力以上を使ったのはスパ・フランコシャン24時間、モナコぐらいだとも言われています。


Q14.どうしてJGTC(全日本GT選手権)に参戦しているGT-Rは2WDがあるの?

 プロトタイプのスポーツカーによるグループCレースが1992年のシーズンを最後に終わり、それに変わって登場したのがJGTCでした。1993年にグループAも終了し、GT-Rの活躍の場もこのGT選手権に移ったのです。

 さて、このJGTCには1994年仕様のGT-Rより、2WD・FRのGT-Rと4WDのGT-Rが混在しています。その理由はJGTCのレギュレーションに大きく関係しているのです。JGTCのレギュレーションではリストリクター装着によるパワー制限があります。しかし、ボディ改造によるワイドトレット化が出来るため、通常のタイヤよりも太いタイヤを使用できるようになりました。この結果、タイヤのグリップの限界を高めることができるため、あえて4WDを用いなくてもすむようになったのです。その他、エンジンと駆動系のレイアウトを変更し車輌バランスを良くした結果、フロントデフのスペースが無くなったのもFR化に関係しています。そして何より4WDシステムを取り払うことによって車両重量を軽量化することができたのでした。結局のところJGTCのレギュレーションでは2WDのFR仕様のGT-Rのほうがレースにおいて有利だというのが、FR仕様のGT-Rが存在する理由です。


Q15.GT-Rのレース用エンジンに付いているREINIKとは?

 レース用のGT-Rのエンジンを開発しているところは日産工機というところです。そしてここで組み上げられたエンジンには日産工機チューンの証である「REINIK」のデカールがエンジンに貼られているのです。もともと日産工機自体は日産の特殊車輌の開発を行う部門でした。それだけではなく、ここでレース用のエンジンの開発も行われているのです。REINIKは1989年にGT-RグループA参戦に向けて日産工機で発足したチームでした。GT-Rに関して言えばグループA仕様、GT仕様、N1耐久仕様、ルマン24耐仕様などのエンジンチューンを手がけているのです。その他、GT-RのコンプリートカーたるNISMO 400RのエンジンRB-Xもこの日産工機で開発されたエンジンです。機会があったらエンジンを覗いてみてくださいね。「REINIK」の文字がエンジンのヘッドカバーに付いているはずです。

 ちなみに1998年に日産プリンス神奈川より限定販売されたスカイライン280 Type MRのエンジン(REINIK RB-X II・RB25改)もこのREINIKで組み上げられたエンジンです。ベースはECR33。2.5リッターから2.8リッターに排気量アップ。最高出力300馬力のハイパワーとなっています。