第3回:恩師(1997/12/3)

 僕は自分の担任となった先生で、今までいわゆる「はずれの先生」に当たったことがありません。周りには「はずれの先生」はい たのですが、運良くというかなぜか僕はそういう先生には当たらな かったのです。(大学に入ってからは担任がいないためそれは除き ます)今回はこの先生のうち思い出深い小学校の5年、6年の時の先生のことについて述べることにします。

 その先生(以後、S先生とします)は僕が3年か4年の時に初めて新規採用で僕の小学校に赴任してきた先生でした。たぶん大学を卒業しそのまま教師になったと思うので、その当時の年齢は今の僕(ま だ?23歳デース)とほぼ同じか、ちょい上ぐらいだと思います。まだ、教員に成り立てで手探り状態だったとは思うのですが、何につ けても熱心な先生でした。S先生を一言で言うなら猪突猛進とでも言 いましょうか、自分で良いと思ったことはとりあえずなんでもやっ てみるタイプの先生だったと思います。

 今でこそ、保護者がうるさすぎてできないようなことを平気でや ってのけたのです。休日に僕らを連れ(無論、希望者だけです)老 人ホームに訪問に行ったり、同級生の家のたんぼを借り切り実際に 僕らに田植えの実習をさせたりとまあ、いろいろやりました。泥だ らけになりながらも、田植えの大変さ、また田植えが終わった後の にぎりめしのうまかったことは今でも忘れません。当然秋には稲刈 りに行きましたけど。

 大学に入学が決まった時にこのS先生と飲んだのですが、その時にこの話になり「あの時は若かったからなあ。後先も考えずにいろん な事ができたよ」と言っておられました。なんでも、今では休日の 日などに先生が生徒を引き連れて(部活動などを除き)どこか(学 外)に行くなどというのは御法度だそうです。「おりこうさん」の 集まった文部省の教育要項に沿って決められた枠内の授業だけでは 得られないようなことは沢山あります。逆に言うと学校の授業では 得られないような何かのほうが結構重要な気が僕にはするのです。S 先生はこのことを僕ら6年4組(小学校6年の時のクラスです)の連中 に教えたかったのではないでしょうか。

 小学校の頃の自分はと言えば「問題児」で、このS先生にかなり迷 惑をかけたと思っています。ことあるもめ事(別に警察沙汰になる ようなことはないけど)には必ずと言っていいほど首を突っ込んで いた僕を見捨てずによくもまあ、指導してくれたことと思います。 一緒に、涙を流してくれたことすらありました。今でこそ、まっとうな道に戻った僕?は少なからずこのS先生のおかげだと思っていま す。当時はよくは分からなかったS先生のおっしゃったことも今では 分かるような気がするのです。

 今ではこのS先生はクラスを受け持っておりません。その理由は教育委員会に出向となったからです。出向というと何か子会社に左遷されたような感がしますが、実は若いながらも大出世で「頭の固い 年老いたじじいども(もしかしたら、ばばあもいるかも・笑)」を 相手に教育委員会でやり合っているそうです。ゆくゆくは、きっとどこかの校長になるのは間違いないでしょう。

 第2回で述べた現在小学校の教師に納まっている僕の友人「彼」に はS先生を見習ってもらいたいものです(笑)。

 このS先生ともしばらくご無沙汰しています。そのうち、また先生のところに出向いていこうかなと思っている今日この頃でした。