[1]外科学総論
@癌悪液質の病態の解明と治療法の開発
末期癌患者の多くは、体重減少や貧血などの癌悪液質という癌患者独特の病態に陥り死亡する。この病態を改善することにより、患者のQOLが改善されるのみではなく生存期間も延長することが判明している。抗癌剤や放射線による癌の治療の目的が癌患者の生存期間の延長とQOLの改善であるならば、癌悪液質の治療法の開発もこれらの治療の開発と同等の意義があると考えられる。この病態を解明し、治療法を開発することは、末期癌患者に対して大きな利益をもたらすことになる。
これまでの研究で、炎症性サイトカインのひとつであるインターロイキン6(IL6)が悪液質の誘発に重要な因子であることを見い出し、この分野での世界的な第一線の研究所と同時期にその成果を報告した。また、高度に進行した癌を有する患者の末梢血単核球の炎症性サイトカインの産生能は亢進していることも見い出している。すなわち、高度進行癌を有する患者においては、炎症性サイトカインが産生されやすい状態になっており、悪液質が誘発されやすくなっていることなども見い出し報告してきた。
現在は癌悪液質の治療の研究に着手しており、徐々にその成果もあがりつつある。大宮医療センター外科では臨床と基礎、さらには他科(内科)との連係も緊密であり、今後も緊密な連係の上に研究を行っていく予定である。
A担癌患者や術後患者の免疫機能の変化のメカニズムの解明(特にポリアミンに関する検討)
末期癌患者や手術や外傷等の過大侵襲を受けた患者には、しばしば重篤な感染症が生じる。また、担癌患者に侵襲の大きな手術が施行された場合には、しばしば癌の急速な進展を経験することがある。癌患者や侵襲を受けた患者には様々な免疫機能の変化(低下)が指摘されており、この免疫能の変化が易感染性や癌の進展の促進を誘発すると理解されている。よって、癌患者や術後患者に生じる免疫機能の変化を改善することができれば、過大侵襲を受けた患者においては癌の急速な進展や易感染性の発生を、また癌患者においてはその大半が経験する感染症を予防することが可能である。しかし、これらの患者における免疫機能の変化のメカニズムは、ほとんど解明されていない。そこで、この研究では担癌状態や過大侵襲を受けた患者に生じる免疫機能の変化を検討し、変化を誘発する因子の特定やそれらの因子がどのようなメカニズムで免疫機能に変化をおよぼすのかを解明し、治療法の開発を試みるものである。これまでの研究成果としては、高度進行癌患者を除くと、癌の進行とともに患者の末梢血単核球のサイトカイン産生能が低下することを報告している。また、癌患者や外傷後や手術後の患者の全血中に増加することが判明しているポリアミンという物質がサイトカイン産生能を強力に低下させることをNorth Shore University HospitalとPicower Institute for Medical Research (いずれもNew York) のK.J. Traceyらのグループと共同で見出し報告した。現在も臨床例を中心に外科疾患や手術後の患者に生じる免疫機能の変化やその原因となる因子に関する研究を精力的に行っている。
[2]一般外科
@成人鼠径ヘルニアに対する外科治療
当科では成人内外鼠径ヘルニアに対する外科治療はメッシュを用いたtension-free法が主流となりつつあり、従来法に比べても良好な成績が得られている。Tension-free法にはMesh plugとonlay patchを用いたMesh plug法とProlene herniasystemを用いたPHS法の2種類あるが、現在両者の比較検討を目的としたRandomized control study(RCT)が進行中である。
[3]乳腺・内分泌
@ 乳癌組織における血管擬態に関する検討
血管擬態とは悪性度の高いmalignant melanomaにおいて発見された組織形態で,腫瘍細胞で囲まれた内腔に血流が認められ,なおかつその内腔に血管内皮細胞が欠損している状態である.
これまで乳癌症例の一部に血管擬態が認められたこと,また,その血管擬態を呈する腫瘍細胞には血管新生因子が高発現しており,angiogenesisのphenotypeと考えられることなどが分かってきた.今後,血管擬態の頻度,予後との関連などについて臨床的に検討する予定である.
A 造影超音波ドプラ検査による乳癌術前組織型診断,乳管内進展診断に関する検討
乳癌症例について術前に組織型を推定し,また,乳管内進展を診断することは臨床的に重要な課題である.今回,造影超音波ドプラ検査を行ったところ,乳管内進展については有用な情報は得られなかったが,組織型の推定に関しては有用な結果が得られた.
業績
B クリニカルパスによる術後補助化学療法症例の検討
乳癌術後の補助化学療法は患者の予後に密接に関わる問題である.どのような症例に,どのようなregimenで,どの程度行うかについて,あらゆる議論が行われている.今回,クリニカルパスを用いて,化学療法中の患者管理を統一的に行うことにより,副作用の種類と程度について幾つかのregimenの比較を行う予定である.
C 転移性乳癌に対するWeekly Paclitaxelによる治療効果の検討(multicentric phase II trial by Saitama Breast Cancer Clinal Study Group)
転移性乳癌の治療の柱としてTaxan系薬剤が重要であるが,副作用の軽減とQOL維持を目的としてweekly paclitaxelの効果を検討している.本研究は,埼玉県立がんセンター,防衛医科大学,大宮赤十字病院,獨協医大越谷病院などとの多施設共同研究として行い現在集計中であるが,このregimenが有効であることが明らかにされつつある.
業績
D 転移性乳癌に対するWeekly Paclitaxel 及びHerceptinによる治療効果の検討(multicentric phase II trial by Saitama Breast Cancer Clinal Study Group)
HER2/neu強発現症例については,幾つかの化学療法に対してHerceptinの追加が相加的効果をもたらす事が分かってきている.転移性乳癌に関してweekly paclitaxelが副作用やQOLの点で優れていることが明らかになってきたが,さらにHerceptinを追加することによる影響と効果について検討を開始している.本研究は,埼玉県立がんセンター,防衛医科大学,大宮赤十字病院,獨協医大越谷病院などとの多施設共同研究として行っている.
[4]呼吸器
@ 気胸の胸腔鏡手術における再発防止の工夫
気胸に対する胸腔鏡手術は、術後の痛みや創を小さくでき侵襲が少なく、在院日数を減少させことが可能となったが、約5%の再発あるとされている。再発の原因は術中の小さなブラの見落としとブラの新生である。また、手術によるstaple lineからのエアーリークにより胸腔ドレーンの抜去が若干遅れてしまう。そこで、肺尖部のブラ切除部位とその周囲の臓側胸膜に、シート状生物学的組織接着・閉鎖剤を貼り付けることで、早期のドレーン抜去ができ、臓側胸膜の線維化増生を促し胸膜補強となり、極力再発を予防する試みを行っている。現在症例蓄積中である。
A 術後気管支断端瘻の予防対策
リンパ節郭清を伴う肺葉切除特に下葉切除、右肺全摘術後、術前化学療法または放射線照射後は、術後気管支断端からのエアーリークの頻度が高いとされている。そこで、気管・気管支断端に有茎肋間筋弁を被覆することで、血流を良くし、創傷治癒を促進させ、気管支瘻の防止対策を行っている。
B 術直前のCTガイド下マーキング
近年、末梢型肺腺癌でリンパ節の無い、非浸潤型の限局性細気管支肺胞上皮癌(LBAC)が高解像度CTの発達により、多数発見されている。この癌は、術中の触診では位置同定不能であるため、腫瘍断端からの充分な距離をとった肺部分切除と肺機能温存を目的に、術当日にフック付のナイロン糸を腫瘍辺縁に留置し、胸腔鏡ないし小切開の手術を行っている。現在症例蓄積中である。
C 胸部マルチスライス3DCT
肺癌や縦隔腫瘍などの術前評価に用いている。胸壁・心膜・大血管などの癌の局所の伸展を正確に評価でき、また肺野に関しては、肺内転移を含め、併存病変、早期肺癌(LBAC)の同時合併を、前額断・矢状断など他方向から解析できる。リンパ節のサイズの評価が従来のCTに較べより正確である。また、手術のsimulationとしても有用である。
D 大腸癌肺転移に対する外科治療の検討
大腸癌肺転移に対する予後と予後因子に関して検討を行い、さらに症例の蓄積中である。
E 原発性肺癌に対する術前化学療法の有効性
術前病期IIIA期以上の進行癌とくにC-N2を対象に、化学療法による微小遠隔転移の防止と局所浸潤の抑制を目的に行っている。現在症例蓄積中である。
F 肺癌術後再発例に対する外来化学療法の検討
再発癌に対してQOLを改善と、できれば生存期間の延長を目的に、外来通院による化学療法を行っている。薬剤は主にビノレルビンまたはパクリタキセルなどの単剤を主に、極力長期間投与できるよう試みている。症例の蓄積中である。
G 肺癌切除標本の検討
切除材料に対するホルマリン固定標本に加え、最近は凍結生標本を保存し、癌・癌抑制遺伝子、その他サイトカインを含めた予後因子の解析を検討中である。
[5]上部消化管(食道・胃)
@食道癌化学放射線療法
食道癌に対する手術療法は術後管理の進歩もあわせ、安全な術式となってきた。しかしながら3領域廓清を伴う手術療法は生体にとって非常に大きな侵襲となる。一方、最近の食道癌に対する化学放射線療法(CRT)の効果には目ざましいものがある。そこで術前療法、根治療法、再発に対する治療としてのCRTの効果について臨床病理学的に検討する。
A悪性食道狭窄に対する自己拡張型金属ステント
手術およびCRTの進歩にもかかわらず、食道癌の5年生存率は約40%と今なお不良である。とくに切除不能および再発時には食事の通過障害が患者のQOLを著しく不良にする。Self expandable metalic stent (SEMS)は比較的簡便でかつ安全に留置することが可能な手技である。QOLを中心にSEMSの有効性について検討する。
B持続温熱腹膜灌流法
胃癌の再発形式としてもっとも多くかつ治療に難渋するのが、腹膜播種である。持続温熱腹膜灌流法(CHPP)は胃癌の腹膜播種の予防に有効で、同じ背景因子のもとではCHPP施行例は非施行例に比し、5年生存率が良好な傾向にある。今後は腹腔内洗浄細胞診の悪性所見を基準にCHPPの予防効果を検討する。
Cpouchを用いた再建法
胃全摘術、噴門側胃切除術後の代用胃としてのpouchの機能、および噴門機能の温存の両者の観点から、pouchの有用性について検討する。
業績
D胃癌手術における予防的抗生剤投与
胃癌の待機手術後の予防的抗生剤投与の意義について検討する。
E早期胃癌の治療戦略
早期胃癌は進達度、組織型および潰瘍瘢痕の有無によって、リンパ節転移の程度に差が認められる。従って正確な術前診断と適切な手術術式の選択が患者のQOLを保つために重要である。臨床病理学的に至適リンパ節廓清の範囲を設定するとともに至適術式について検討する。
F再発切除不能胃癌に対するbiochemical modulationを考慮した化学療法
再発および切除不能胃癌に対するPaclitaxel +Doxifluridineの併用療法の効果についての検討(目的)Paclitaxel および Doxifluridineは両者とも単剤で胃癌に対して有効性が報告されている薬剤である(保険適用薬剤).Doxifluridineは腫瘍組織内で変換酵素PyNPaseにより5FUに変換されるとされており,Paclitaxelは腫瘍組織中のdThdPaseを誘導するとされている.したがって両者の併用により相乗効果が期待できる.今回両者の併用による腫瘍縮小効果について検討するとともに,腫瘍組織中のPyNPase活性を免疫組織学的に検討し腫瘍縮小効果との相関を検討する.
G心疾患を合併した消化器一般外科手術
手術患者の高齢化とともに、心疾患を有する手術症例が増加してきている。安全に消化器一般外科手術を行うための問題点を検討する。
[6]下部消化管(小腸,大腸)
@病期III大腸癌症例に対する補助化学療法に関するRCT:厚生科学研究費補助金「21世紀型医療開拓推進事業Medical Frontier」「再発高危険群の大腸癌に対する術後補助化学療法の研究」
現在Stage III (TNM分類)大腸癌患者に対しては,5-Fluorouracil+Leucovorinによる補助化学療法を行うことが標準的治療とされている.一方日本では従来フッ化ピジミジン系の経口抗癌剤を投与することが広く行われてきた.本研究はがんセンター中央病院が中心となって行われる病期III大腸癌症例に対する上記薬剤の経静脈的投与と経口抗癌剤治療との長期成績の比較を行う多施設RCTである.当科は申請により既にJCOG(Japan Clinical Oncology Group)認定施設となり,現在班会議で検討中の治療プロトコールが決定し次第本学倫理委員会に申請し,実際の投与を行う予定である.
A厚生科学研究費補助金特定疾患研究事業 炎症性腸疾患の予後改善を目指した消化管上皮細胞回転の研究
国立国際医療センター研究所・消化器疾患研究部部長 土肥多恵子先生を主任研究者とするプロジェクト.炎症性腸疾患組織にはそれぞれに特徴的な組織再生・修復に異常をきたすメカニズムがあり,クローン病における裂溝潰瘍や,潰瘍性大腸炎を母地とした大腸癌が発生すると考えられる.本研究では炎症性腸疾患粘膜の特殊な細胞分化増殖機構を明らかにすることにより,組織の荒廃と発癌に対する予防および診断・治療法を開発することを目的にしている.当科からは小西教授が分担研究者として,炎症性腸疾患における増殖・分化および発癌因子の解析の分野で参加している.
B厚生労働省がん研究助成金「がんにおける体腔鏡手術の拡大に関する研究」
肺癌,食道癌,大腸癌に対する体腔鏡手術の適応拡大に関する班会議.当科からは小西教授が分担研究者として参加している.平成13年度から開始となり,全国の18施設を対象としたアンケート調査が既に行われた.大腸癌に関しては,適応範囲のコンセンサスとして深達度SSまで,下部直腸を除く全大腸,が得られ,今後さらなる適応拡大にむけての方策が討議される予定である。腹腔鏡補助下大腸手術に関しては小西教授が本院在職時代より積極にとりくみ,現在では当科においてS状結腸癌,右側結腸癌の過半数が腹腔鏡下に治療されている.
C直腸癌に対する側方郭清の意義:厚生科学研究補助金「21世紀型医療開発推進事業Medical Frontier」「外科的手術手技の技術評価および標準化のための研究-消化管悪性腫瘍に対するリンパ節郭清の意義に関する研究」「下部直腸癌に対する側方郭清の意義・郭清手術手技」
日本においては深達度a1以深の下部直腸癌に対して側方郭清を行うことが広く行われているが,欧米ではこの手技は殆ど行われておらず,またその意義に関してもRCTによる検証はこれまで行われていない.本研究は側方郭清の意義を多施設RCTにより検討するものである.現在側方郭清の手術手技の定義,適格症例の選定を行っており,共通プロトコールが完成した後に本学倫理委員会に諮り,実際の症例に対する研究を開始する.
D文部科学省科学研究費基盤研究:cDNAアレイを用いた大腸癌術後再発危険因子の評価
cDNAアレイを用いて大腸癌切除標本における遺伝子変異のパターンを検討し,転移・再発の高危険群を同定する.同定された「高危険群」に対しては,集中的なサーベイランスや補助療法を考慮する.
E短腸症候群に対する小腸移植の代替治療としての腸管逆蠕動間置術の有用性
経静脈栄養法の進歩により、短腸症候群患者の長期生存が可能となった。唯一根本的治療である小腸移植も臓器移植法の施行とともに発展が期待されたが、移植に伴う拒絶反応の診断とその制御、グラフト保存と移植後機能の評価、肝臓との同時移植の是非等、解決すべき問題点は多く、一般化には至っていない。一方、小腸移植の代替治療として自家腸管逆蠕動間置術があげられる。現在臨床的及び実験的にその有用性を検討中である。
業績
F虫垂炎の診断
自治医科大学の使命の一つとして、小規模な病院や診療所が中心となって診療にあたる地域医療の発展への貢献がある。その中の最も重要なものとして位置付けられるのは、common diseasesの診断や治療に寄与する診療活動や研究である。外科のcommon diseaseとしてもっとも代表的なものは虫垂炎であろう。虫垂炎は早期に診断され適切な治療がなされれば短期間で治癒するが、虫垂穿孔などの合併症が生じると、時として重篤な病態に移行したり、場合によっては不幸な転帰をたどることもある。よって、病初期に適切な治療を行うことが重要である。しかし、虫垂炎の診断は決して容易ではなく、診断の正確度を向上させるために様々な工夫がこれまでにもなされてきた。しかし近年の診断技術の進歩でも、依然として20%程度の誤診が存在することが報告されている。一方、虫垂切除は小手術で、合併症も少ないと一般的に理解されているが、まれに重篤な合併症が発生することがある。よって、より早期に、しかも確実に虫垂炎を診断し適切な治療に結び付けることは、地域医療では極めて重要なことである。
虫垂炎の診断をより早期に確実に、しかも虫垂炎患者の多くが受診する地域の診療所や中小病院でも施行可能な診断方法を確立し、地域医療の発展に寄与したいと考えている。これまでに超音波を用いた診断を医学誌に掲載してきたが、2001年度には、より多くの臨床医によって施行可能な単純な超音波診断基準と診断方法を独自に開発し、小規模病院で実践しその成果を報告した。現在(2002年6月より)この診断基準を用いたmulticenter prospective studyを実施中。
G腸内嫌気性常在細菌と大腸免疫担当細胞の相互作用
腸内細菌と大腸免疫担当細胞の相互作用を解析し,消化管免疫ホメオス ターシスの機構を明らかにして,炎症性腸疾患の病因を探索する.当科と国際医療センター消化器疾患研究部との共同研究.
HCT virtual colonoscopy(CTVC)による大腸腫瘍診断
近年のCTを利用した三次元画像表示技術の進歩により、消化管を内腔側から観察する内視鏡検査類似の画像表示(CT virtual endoscopy)が可能となり、臨床応用されつつある。その中でも我々は特に大腸内視鏡に相当するCT virtual colonoscopy(以下CTVC)による大腸腫瘍診断に取り組んできた。CTVCは被検者の苦痛が少なく、観察者の技術の優劣なく安全に施行でき、あらゆる角度から観察ができる。腫瘍による閉塞などの理由で全大腸内視鏡が困難な症例においても観察不可能であった口側腸管の評価が可能である。また、CTVCは腹部CT検査を兼ねており、大腸のみならず肝胆膵など他の腹腔内臓器を同時にチェックできるため、現在の腹部超音波検査と大腸内視鏡(あるいは注腸)検査の組み合わせに変わるスクリーニング検査になりうる可能性がある。今後さらなる症例の集積、診断能向上を図り、CTVCのスクリーニング検査への応用を検討していく予定である。
I大腸sm癌のリンパ節転移を推測する組織学的因子の検討
大腸sm癌では約10%にリンパ節転移を認める。近年EMRの技術の革新に基づき、より低侵襲である内視鏡的切除の適応拡大が注目されている。現在までに当院および自治医科大学消化器一般外科で経験した大腸sm癌の病理組織学的特徴を検討し、リンパ節転移の予測因子を検討している。
J直腸癌術後性機能障害の実態と治療
直腸癌術後男性患者には,下腹神経ないし骨盤神経の損傷による性機能障害がおこることが知られている.本研究は防衛医科大学,獨協大学等と共同のプロジェクトで,この術後性機能障害の実態調査とクエン酸シルデナフィルによるその治療効果を検討することを目的としている.現在症例を集積中である.
Kクリニカルパスの作成による大腸癌術後在院期間の短縮および医療費の削減
クリニカルパスの大腸疾患への運用の手始めとして,低侵襲手術である腹腔鏡補助下大腸手術症例を対象としたパスを作成した.その際,単に従来の周術期管理のタイムテーブルを作成するのではなく,エビデンスに基づいた周術期管理を内容としたパス作成を目指した.特に,不必要な投薬や検査,煩雑な食上げを単純化することにより,術後在院期間の短縮とともに医療費の有意な削減に結びついた.今後は他の大腸疾患患者に対してもクリニカルパスの適用を広げたいと考えている.
[7]肝胆膵
@腹腔鏡下胆嚢摘出術における金属異物の遺留廃止と医療材料費の削減
今や標準術式と言えるまで洗練されてきた腹腔鏡下胆嚢摘出術手技であるが、金属異物であるクリップの遺留や医療経費の高騰といった点で改善・改良の余地がある。我々はディスポーザブルのクリップアプライヤーを使用せず、胆嚢管と胆嚢動脈は絹糸で結紮処理するという手技上の工夫を行うことで金属異物を体内に残さず医療経費を抑える方針とした。手技上の問題点として、剥離した胆嚢管と胆嚢動脈に結紮糸をencirclingすることが若干困難であるため、ドシャン型動脈瘤鉗子を内視鏡手術用に改良した糸送り鉗子の開発も行っている。症例を重ねることで、手術時間の短縮・安全性・経済効率を確認していく予定である。
A膵頭切除術における膵空腸吻合の工夫
説明:膵頭切除術は消化器外科領域において最も侵襲度の高い手術の一つでありその合併症のリスクも高い。特に膵空腸吻合部のリークは感染などによる膵液活性化を伴い、時には腹空内出血を来し重篤な状態に至らしめる原因ともなることがある。安全確実な膵空腸吻合こそが膵頭切除術の成功のカギを握るといっても過言ではない。我々はこの膵空腸吻合の確実性を求めて様々な術式を工夫してきた。
B胆管結石症に対する腹腔鏡下胆管切開切石術の開発
内視鏡的除石法(EST or EPBD)や腹腔鏡下手術の発達した今日においても、胆管結石症に対する治療法は依然として開腹下手術が多く選択されている。また腹腔鏡下手術も内視鏡的除石後に腹腔鏡下胆嚢摘出術を付加する形で適応されるに留まることが多い。我々は「一度で終了する低侵襲治療」というコンセプトのもとに、腹腔鏡下胆管切開切石術を開発・改良してきている。
C肝切除術後肝不全予防のための肝予備能評価の確立
肝切除術、その中でも肝細胞癌においては特に術前の正しい肝予備能の評価が術後肝不全の予防に大きく寄与する。通常の場合は ICG15分値を基に肝予備能を評価しているが、黄疸患者やシャントの多い患者においてはICGが必ずしも肝予備能を反映していないことがある。このような症例において我々は99mTc-GSAシンチグラフィーの視覚的Grade分類で術前肝予備能の評価ができないかと考え検討中である。
D肝切除術後合併症の検討および対策
説明;肝切除術後の合併症としては、肝不全、胆汁漏などがある。これまでの症例において肝切除の術式(大切除と小切除、全肝阻血の有無など)や術後管理などのリスクを後ろ向きに検討し術後合併症の減少に努める。
E順行性胆嚢切除術(腹腔鏡下)
説明;腹腔鏡下胆嚢切除術の合併症として胆管損傷があり治療に難渋する。予防のひとつとして、通常は逆行性に行うことが多いこの手術を順行性に行うことを試みている。この方法を行いはじめてからの胆管損傷症例はそれ以前より減少しており有効と考えている。
F肝転移を伴う大腸癌に対する同時性大腸+肝切除術の安全性の検討
近年、大腸癌症例の増加とともに、転移性肝癌に対する外科治療の意義が重要となっている。当科でも積極的に肝切除術を行い、良好な予後が得られつつある。大腸癌術後の異時性肝転移の肝切除については異論がないが、同時性肝転移例の場合、大腸との初回同時肝切除か、大腸切除後の二期的肝切除かの選択が生体に対する手術侵襲からも問題となる。現在、大腸切除術との同時性肝切除術の侵襲性、安全性につきラットを用いた動物実験にて検討中である。
G胆管および膵管内病変の早期診断
胆道内および膵管内に発生した悪性腫瘍は、近年の様々な診断技術の進歩にもかかわらず、早期発見は極めて困難である。一方この領域の進行癌の予後は、様々な治療法が試みられてきたにもかかわらず、以前としてきわめて不良である。よって、胆道内および膵管内の病変を早期に発見し適切な治療に結び付けることが、この領域の疾患(特に悪性)の予後の改善につながる唯一の手段と考えられる。
内視鏡的逆行性膵胆管造影検査(ERCP)をより発展させた経口胆道・膵管内視鏡は、症例数が少ないうえに検査自体のリスクもあるために一般病院では施行が困難であると考えられる。そこで、症例が比較的多い当センターにおいて、経口胆道・膵管内視鏡を独自に開発し臨床応用を試みてきた。
開発した細径胆道・膵管内視鏡は、十二指腸乳頭の切開や拡張といった侵襲的な操作を加えることなく、ERCPの手技を用いて胆管や膵管内へ挿入することが可能である。この細径内視鏡は内部に細径のチャンネルを有するために、胆管や膵管内の洗浄が可能であり、良好な視野を得ることができる。これまで行った検討では、ERCPなどで陰影欠損や隆起性病変として描出される病変に対しては、この検査が有益な診断情報をもたらすことが示された。しかし、この検査の適応となる症例数が少なく、さらなる症例の集積が必要であると考えられる。今後は、近年急速に開発が進み、画像が改善されてきたMRCPなどとの診断能の比較検討も含め、この細径内視鏡の有用性を検討する予定である。
大学院生の研究
現在当科には3名の大学院生(いずれも第2学年)が在籍しており,1年間の臨床研修の後に2002年度より本格的な研究活動を開始しました.彼らの研究内容をご紹介します.
野田弘志
表面陥凹型早期大腸癌における遺伝子変化
I. 背景
(1) Vogelsteinが提唱した、adenoma-carcinoma sequenceにおいてsequentialに関与する遺伝子異常が、大腸癌の発癌に関与する遺伝子として注目されてきた。一方、HNPCCの原因遺伝子として、mismatch repair geneが発見され、その遺伝子異常はmicrosatellite instability(MSI)として表現されることが明らかとなった。MSIは、HNPCCのみでなく、散発性大腸癌においても約10-20%の頻度で認められ、その臨床病理学的特徴について我々およびその他の多くの結果が報告されてきた。MSI-high 散発性大腸癌の遺伝子変化の特徴としては、Ki-RAS遺伝子変異が低いこと、APCやp53遺伝子変異が低いことなどが欧米の論文で報告報告されているが、我々の結果では、KiRAS以外の遺伝子変異については、これら欧米の報告とは異なった結果であった。
(2) MSI-high陽性散発性大腸癌におけるMSIをきたす機序として、近年、hMLH1のmethylationが注目されており、特に右側のMSI-high散発性大腸癌においては、約70-80%の症例においてhMLH1のhyper-methylationが検出されている。
(3) Jassらは、一部(主として右側結腸)のhyperplastic polyp(serrated adenomaを含めて)ではMSI-highを示すことから、これらのhyperplastic polypがMSI-highを示す散発性大腸癌のprecursorである可能性を報告している。また、その他のhyperplastic polypでは、MSI-lowを示し、それらの病変ではMGMT(o-methyl methylguanine transferase) のmethylationが認められているとしており、これらが、MSI-lowを示す散発性大腸癌のprecursorである可能性があると考えている。MGMTのsilencingによってきたされる遺伝子変化の機序より、MGMTのmethylationは、K-RASのG to Aのmutationを来す可能性があると考えられている。いずれにせよ、散発性大腸癌においても、APC遺伝子変化から始まる古典的なsequential genetic changeによる発現の経路ではなくて、DNA methylationが引き金となる発癌の経路の存在を認識する必要があると思われる。 Methylationが発癌と関連する可能性があるgeneとしては、上記の、hMLH-1やMGMT以外に、HPP1, p16, p14などが考えらている。
(4) 表面型大腸腫瘍であるが、今までの研究では、KiRAS遺伝子変化の率が低いこと、およびAPC遺伝子変化の頻度が低いことなどが報告されてきたが、MSIおよびDNA-methylation に関しての研究は、少数例におけるMSI statusの検索結果のみである。
II. 方法
以上の背景より、表面型癌とhyperplastic polypを対象とし、それらの病変を右側と左側に分けて、以下の遺伝子変化の検索を行うことを計画した。
(1) βcathenin mutation、βcathenin染色(MSI-high散発性大腸癌ではβcathenin mutationは低率とされている。また、染色との組み合わせで間接的にAPC mutationの有無を推測できないか? )
(2) Ki RAS遺伝子変異、p53遺伝子変異およびp53染色(あるいは染色のみ)
MSI status (国際基準の5 marker + TGF βRII)
(3) h-MLH1 免疫染色、(h-MSH2免疫染色)
(4) h-MLH1 methylation status ―full methylation, partial methylationに関しての宮倉(我々の施設)らの研究結果より、promotor領域の一部のPCRによる。
(5) MGMT methylation status (固定標本からの検索条件を検討する)、MGMT免疫染色
(6) HPP, p16, p14などのmethylation status
高田 理
消化器癌における網羅的な遺伝子発現の解析
(癌の個性化とテーラーメイド化を目指して)
(研究意義)
近代外科手術が確立されて以来、癌の生物学的悪性度の評価は、主に"癌の広がり"例えば、壁深達度やリンパ節転移といった病理組織学的により行われてきた。確かに病理組織学的診断は、癌の組織分類、予後因子、術後補助化学治療に役立ってきた。しかし、病理組織学にはどうしても病理学者の主観が加味されることは避けて通れない問題である。
一方で、1990年にVogelsteinがadenoma-carcinoma sequenceを唱えはじめて以来、癌とは遺伝子変異が蓄積することにより発現することが明らかになり、盛んに癌に関わる遺伝子解析を行ってきた。確かに分子生物学的研究の進歩はめざましく、多数の遺伝子変異の蓄積が癌の発生・進展に深く関与していることが明らかなった。しかし、これまでのnorthern blot 、PCRでは、一回の実験で調べられる遺伝子発現はごくわずかであり、多数の遺伝子変異の蓄積が関与する疾患において、単一または数個の遺伝子変化を追求するだけではその進展や転移を解明することには限度があると思われる。そこで多数の遺伝子を一度に網羅的に解析することが必須となっている。
(目的)
DNA arrayは、一度に数千から数万の遺伝子の発現を調べることができる新しい技法である。概念は、既知の癌遺伝子でMembrane上に固定してある一本鎖のcDNA(target cDNA)と標本から抽出したRNAから逆転写にて合成したcDNA(probe cDNA)の核酸同士をHybridizationにて結合させる遺伝子発現レベルのAssay法である。この技法を用いることにより遺伝子発現を網羅的に解析し、大腸癌の進展・転移に関する様々な遺伝子を同定し、大腸癌の特性解析、組織学分類とは別個の分類や悪性度評価を行う。
(内容)
当院にておこなわれた大腸癌手術892例(2002.4月現在)のうち、(同時性および異時性)肝転移をともなった68例を対象に、DNA macroarrayにより大腸癌の癌部、正常粘膜部および転移巣における遺伝子発現プロファイルを比較し、特異的に(増強・減弱)発現する遺伝子を同定・解析し癌の特性診断と転移能予測因子、予後因子について検討する。
(期待される成果)
1)大腸癌のなかで発現している遺伝子群を網羅的に同定し、従来の組織学的分類とは異なる新たなる悪性度分類を行うことが可能となり、さらに詳細な癌分類ができる。また、2)化学療法や放射線に対する感受性などに関わる遺伝子を同定することにより、従来からの一律的な補助治療から個別化(テーラーメイド)治療を計画することが可能となる。
佐々木 純一
大腸癌とloss of imprinting
相同な遺伝子がその由来する親の性別で認識され異なった発現をするimprinting遺伝子が、DNAメチル化などのepigeneticな遺伝子修飾により父母由来の両方の遺伝子が発現するようになることをloss of imprinting(LOI)という。Wilms腫瘍、大腸癌など様々な腫瘍において成長因子の一つであるIGF2のLOIの存在が報告されており、LOIによるこの成長因子の過剰発現が癌化と関連していると考えられている。
当教室では大腸癌におけるLOIに焦点を当て、DNAメチル化やmicrosatellite instability との関連も含めその臨床的有用性を検討している。大腸正常粘膜におけるLOIの有無で大腸癌危険群を拾い上げることで早期診断・治療が可能となったり、DNA脱メチル化によるLOI消失が発癌防止・癌進展抑制につながり、癌の治療として有用となる可能性が期待される。