Department of Pathology / Jichi Medical School
このページでは今まで地域医療に従事してきた経験をご紹介いたします。お便りは tsomeya@jichi.ac.jpまでどうぞ。
これが平成8年4月まで私が勤務していた診療所です。正式名称は田沼町国民健康保険野上診療所です。職員は医師1名、看護婦1名、事務職員1名とこじんまりしています。
昭和62年、それまで勤務されていた野島金大先生が引退されるのにともない、自治医大卒業生の赴任が始まりました。初代が玉田喜一先生、第2代が益子敏弘先生、第3代が近内弘人先生、第4代が私、染谷です。平成8年5月より第5代の小川朋子先生が勤務されています。
医師住宅は木造平屋、築15年位で家賃はなんとタダでした。夏の夕方は蛙の合唱が、晩秋から冬の夜は鹿の鳴き声が風物誌です。
診療所の前には県道が通っており、採石場に向かうダンプが早朝から往来しています。道に平行して、渡良瀬川の支流である旗川が流れ、毎年鮎釣りのシーズンになるとにぎわいを見せます。5、6キロ北上するとキャンプ場にテニスコート、バーベキューなどの設備のある蓬山ログビレッジがあります。他に釣堀が2軒あり(蓬山フィッシング、松島ポンド)、廃校になった小学校をそのまま利用した宿泊研修設備(作原グリーンスポーツ施設)もあります。
診療所には、1日平均して20人ほどの患者さんが訪れます。地域の人口構成を反映して高齢者がほとんどです。従って取り扱う疾患も高血圧、心疾患や脳血管疾患の慢性期、骨粗鬆症、変形性関節症など老人特有のものが多くなりますが、時々悪性腫瘍や神経系変性疾患など専門的に精査加療を要する疾患に遭遇します。これは山村の無床診療所に共通の事であるようです。
診療所の待合室は結構広く、大きな窓があります。温風のヒーターをつけ、更に石油ストーブを焚いても、冬場はなかなか暖まりません。この写真を撮った次の年に内装工事が行われ、一層明るい雰囲気になっています。地元の大工さんが格安の値段で、ログハウス風の壁面を作ってくれました。
医療設備は、心電計、腹部心臓用超音波断層装置、上部消化管内視鏡、X線撮影装置(単純撮影および透視台)というラインナップです。同じ町内の新合診療所に携帯型24時間連続血圧測定装置があるので、時々借用します。また同じ町内の飛駒診療所にはホルター心電図記録装置があり、これも時々借用しています。野上診療所と合わせて3つの診療所が町の国保で運営されています。
診察室です。
外来、往診ともに対象患者数が少ないことで、特に忙しい所で働いている同級生と比べてみたりして何となく気後れを感じることも多かったです。しかし反面忙しい病院にいては難しかったと思われることができた、という気もします。患者の訴えを時間をかけて聞いて、丁寧に身体所見をとり、鑑別診断を考えて検査を行う、という基本を重視した医療をできたと思っています。(そう思って自己満足しているだけなんですけど)
写真は氷室診療所のものです。
診療所の大切な仕事には往診があります。脳卒中の後遺症で寝たきりになっていたり、高齢で虚弱であるなどの理由で通院できない患者さんの家、約十数軒を、平均して2週間に1回程度、看護婦さんと医者の二人で、往診車にのって訪問します。
(診療所内での呼び名も”往診”で通じていますが、行政上の取り扱いでは計画的に行っている訪問診療です。ちゃんとカルテにも在宅医療計画を記載しています。)
往診先では褥瘡の消毒処置、尿道カテーテルの交換などを定期的に行っています。介護する家族の肉体的・精神的な負担を考えてあげるのも大事な事だと思います。患者の病状悪化時に入院をお願いする後方病院や、在宅介護支援センター、訪問看護ステーション、老人保健施設、特別養護老人ホーム、町行政担当者との連携も大切です。
最後に自分には、今まで地域医療に従事してきた経験と、この5月から行っている病理学の研修を、どのように統合させていくかという課題があります。この事については考えがまとまり次第、随時ホームページにも載せていく予定です。
ご意見、ご感想をお待ちしています。