自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その15 同窓会報第70号(2014年10月1日発行)
「私のターニングポイント」
松本吏弘 (長崎22期) 自治医科大学附属さいたま医療センター消化器科
私は自治医大22期生の卒業生です。現在、僻地・離島で地域医療に従事している先生方の一助になればと思い、筆を執らせて頂きました。
自治医大附属大宮医療センター(現さいたま医療センター)での1年間の後期研修を終えて、モチベーションの高い状態で長崎県五島列島にある上五島病院に赴任しました。赴任早々、上司(自治医大13期生)より臨床研究の実施を勧められました。思えばこれが私の大きなターニングポイントとなりました。その時卒後5年目、そろそろ何か一仕事したいという気持ちがあり、また、当時妻が2人目の妊娠初期のためしばらく単身が確定していたことなどの理由から二つ返事で快諾しました。
上司のclinical question(CQ)は、「HTLV-1抗体保有者に関する疫学研究では胃癌罹患者が少ないとする報告があるが、他の癌も含めて確かめてほしい」でした。多種の癌についての検討のため、物を言うには莫大な"n"が必要であり、およそ6000人のカルテを調べてデータを収集しました。勿論日常業務は多忙を極めていたため、夜な夜なこの力仕事(莫大なデータの収集を我々はこう呼んでいました)を行いました。ATLL(成人T細胞白血病/リンパ腫)を除く全癌で解析したところ、胃癌だけHTLV-1保有者で有意に罹患率が低い結果となりました。「これはものになる」と判断し、上部内視鏡検査を施行された症例に限定し、背景因子をmatchingさせ、胃癌発症をoutcomeとし後向きコホート研究を行いました。データを打ち込み、モニターにKaplan-Meier曲線が写し出された時の感動は今でも鮮明に記憶しています。この間2ヶ月でしたが、その後すぐに次の課題に取り組みました。
次なるCQは、「10年前から胃がん検診として導入している内視鏡検査の有効性についての評価」でした。今でこそ内視鏡検診は広く普及していますが、当時はX線検診が圧倒的多数でした。妻子が来島するのは2ヶ月先、「いけるかな」ということでこれも二つ返事で快諾。このテーマの研究をそれから10年先まで続けることになろうとは全く思ってもいませんでした。研究デザインの切り口を変え、この内視鏡検診のテーマだけで英文3本、和文2本の論文を作成し、昨年学位を取得することができました。
これらの経験から私が学んだ重要ことが2つあります。
1. 研究、発表のネタにならないか考えながら(アンテナを張り巡らせながら)日常業務に当たる。 僻地、離島では臨床研究は難しいと考えている卒業生は少なくないと思います。しかし、僻地、離島ではcommon diseaseが溢れていること、人口流動が少なく脱落率が低いことなどのアドバンテージも存在します。私は、日頃からふと思いついたCQをノートに書き留める様にしています。
2. 切り口を変えて複数の論文を書く。 それなりの時間を費やしてデータを収集するため、1本だけでは勿体ない。私はCQからRQ(research question)を作成する際に数パターン検討するようにしています。この作業がその後の過程に大きな影響を及ぼすため、特に力を入れています。結果、可能な限り複数の論文を書くようにしています。なお、論文作成でお悩みの方は是非、地域医療研究支援チーム(CRST: Clinical Research Support Team)にご相談下さい。(http://www.jichi.ac.jp/dscm/CRST.html)
そして今、決して豊富とは言えませんが、自らの経験をわが医局員に還元しています。これから数多くの学会発表、論文作成を行い、さいたま医療センター消化器科をアピールできればと考えております。多忙な日常の中で、臨床研究や論文執筆を行うことは決してたやすいことではありません。しかし、一歩踏み出せれば、意外と二歩三歩は続くものです。まずはやってみようという気持ちが大切です。この私の経験談が、僻地・離島で活躍、尽力されている先生方の臨床研究を始める起爆剤になることを祈りつつ筆をおかせて頂きます。
さいたま医療センター消化器科は、総合消化器医の育成を目指しています。研修、入局を歓迎しますので気軽にご連絡ください。(http://www.jichi.ac.jp/shoukaki/index.html)
(次号は、帝京大学
ちば総合医療センター
地域医療センターの井上和男先生(高知県5期)の予定です)
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