自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その18 同窓会報第73号(2015年7月1日発行)




マラリアで死亡する子供を減らす仕事をしながら得た民族的な知見
                         松岡裕之(自治医科大学 医動物学部門)

inagaki 
松岡裕之近影 Sipiso Pisoで水を汲む。
この滝は落差が120mあります。インドネシアのスマトラ島トバ湖に落ちています。


  私はマラリアという病気で死んでゆく子供たちを減らしたいと考え、医動物学の研究者になった。マラリアは蚊によって媒介されるのでそのメカニズムを調べて遺伝子操作をし、マラリアを媒介できない蚊を作ろうとしてきた。その一方、マラリアの流行地へしばしば出かけ、マラリアにかかった子供の血液検査をし、その場で治療薬を与える仕事もしてきた。研究者になる前、医師になって4年目にインドネシアに1年間滞在し(1983-84年)、マラリアの子供たちを診断し、治療を行った。村の大人たちの検査も行ったが、そこで判明したのは、マラリアが蚊に伝搬されるときの形態、生殖母体(ガメトサイト)と呼ぶが、これを持つのは主として10歳以下の子供であるという事実である。したがってガメトサイトをもつ子供たちを探し出して、彼らに通常の抗マラリア薬剤を与えるだけでなく、抗ガメトサイト薬剤を与えれば、蚊の数を減らせなくても、マラリアは減らせるだろうという結論を得た。プリマキンという薬剤であるが、実際にそれを投じたところ、蚊の方は例年どおりたくさん飛んでいるのに、新しいマラリア患者は出なくなってしまったのだ。
  プリマキンという薬剤に抗ガメトサイト作用があることは古くから知られていた。それなのにどうしてマラリア対策にもっと積極的にプリマキンを使って来なかったのだろうか。その理由はプリマキンの溶血惹起作用による。プリマキンは体内で活性酸素を発生させ、その作用によりマラリア原虫のガメトサイトを死滅させることができる。しかし一方、glocose-6-phosphate-dehydrogenase (G6PD) という酵素が正しく働いていない人においては、活性酸素を中和する還元型グルタチオンを用意することができず、このため赤血球膜が破壊されてしまう。溶血が起きるわけである。アフリカやアジアなどの熱帯地域では、このG6PD欠損者が人口の10%とか20%とかいることが知られており、そんな地域ではプリマキンを使うことはできなかったのだ。
  したがって溶血を起こす可能性のあるG6PD欠損者をあらかじめ診断しておき、その人たちには決してプリマキンを与えないようにすればよい。当時日本人によってG6PD酵素活性の簡便検査法が開発されており、私はその検査法を携えてインドネシアに行ったため、マラリアの検査に1滴、G6PD活性の検査のためにもう1滴血液を採るだけで、両方の検査をすることができた。調べてみるとG6PD欠損者はこの村の男子児童たちの5%ほどに存在した。G6PD遺伝子はX染色体に載っているので、女子の場合はG6PD変異遺伝子がホモで載っていないとG6PD活性の低下は強く出て来ない。というわけで95%の男児たち、ほぼ全ての女児たちにはプリマキンが使えることが分かり、ほとんどのガメトサイト保有者に投薬することができたのである。この成果は後任の医師らに受け継がれ、地域を拡大してマラリアの減少をもたらすことができた。

  さてようやくここからがこぼれ話になる。マラリアの診断とG6PD活性の検査を受ければマラリアを減らすうえでの情報はそれで十分なわけである。そのうえで私が関心をもったのは、G6PD遺伝子の多様な変異型である。G6PD蛋白分子をコードする open reading frame は1545の塩基により形成され、そこから515アミノ酸配列が読み取られ、酵素が産生される。G6PD活性の低下者は、この塩基配列のうちの1塩基が変異しており、そのため1アミノ酸が別のアミノ酸に置き換わっている。そのほんの1アミノ酸置換により、酵素活性が90%も99%も低下してしまうのだ。ところでその1塩基置換は1545塩基の中のいろいろな場所で起きている。シークエンサーにより読み取ってゆくと、東南アジアでは10数種類もの変異型が見つかってきた。ヨーロッパやアフリカに多い変異型とも違う、東南アジア独特の変異型がみられることが明らかになった。国別に見てみると今度は国ごとに変異型の分布が異なる。これはその国々の民族の成り立ちを見ていることに他ならない。図にそれらの分布図を示した。
  たとえばミャンマーとカンボジアを比べてみたい。ミャンマーには5回にわたって調査にゆき、外国人に立ち入りの許されている地域にはたいてい足を運んだ。全土に多くの少数民族が独自の服装や祭り・言語をもって暮らしている。旧国名のビルマというのは、そのなかの一民族(ビルマ族)を指すだけなので、国名として適切でないとして、ミャンマーという名に変更されたのである。その多民族国家のミャンマーであるが、調べても調べてもG6PD欠損者の遺伝子型はG6PD Mahidol なのだった。これは487番目の塩基GがAに置換しているもので、対応するアミノ酸がGly(GGC)からSer(AGC)に置換されている。この観察から類推するに、ミャンマーは過去1000余年にわたり、ひとつの起源をもつ民族が全国に広がりやがて小民族に別れていったものと推測される。いまでこそ、民族間の抗争があり、独立国家の樹立を主張する民族もいるものの、その起源は同一でありあまりケンカをすることもないのではないかと、ヤジ馬の私には思えてしまう。

matsuokaF

図 東南アジアに置けるG6PD変異型の分布 赤字は東南アジアに多く見られる変異型、緑字はインドに多い型、黄色は中国人に多く、青字は海洋民族に多い型である。インドとタイと中国の成績は文献による。ほかは全て松岡の調査した成績である。

  タイ国はすでにマラリアを克服しているため、1995年に調査に行ったきり、そのあとは全然調べていない。その手前の国カンボジアには都合4回調査に行った。ポルポト政権時代に多くのインテリ層と社会基盤が失われたため、公衆衛生の復旧にはまだまだ時間のかかる国であり、首都プノンペンを離れて車で3時間も走ると、東西南北どちらに向かってもマラリア患者を診ることができた。この国はかつてアンコールワットに象徴されるようにクメール族が栄華を誇った地である。どこの地域にもクメール人の末裔が住んでおり、この国では調べても調べても出て来るG6PD変異はG6PD Viangchanであった。この変異はちょっと変わっていて、アミノ酸変異は1ヶ所、871番GがAに置換することによるGly(GGT)からSer(AGT)に変わる点はG6PD Mahidolと似ているが、もう2ヶ所塩基置換が起きている。ひとつは1311番目の塩基CがTに置換したもの(アミノ酸はTAC, TAT ともにTyrなのでアミノ酸置換はない)、もうひとつはintron 11の中にあるのだが、1ヶ所TからCへの置換が見られる。カンボジアで見つけたG6PD欠損者数十人の遺伝子変異の98%においてこの3ヶ所で同じ置換が起きていた。G6PD Viangchanはクメール人独特の変異型と思えるが、彼等は強大な民族的展開力を持っていたと思われ、このG6PD Viangchanはタイ国でも多数みつかり、またマレーシア、ベトナム、ラオス、さらにはフィリピンにおいても相当な頻度で見つかっている。
  しかしミャンマーにおいてはG6PD Viangchanは一例も見つからなかった。また反対にカンボジアではG6PD Mahidol は一例も見つからなかったのである。タイ国ではこれはタイ人たちの研究グループの成績だがG6PD Viangchan、G6PD Mahidolともに一定の頻度で見つかっている。思うにここ数百年、タイ国を緩衝地帯として、ミャンマーとカンボジアは戦争を含め民族の交流はなかったのだろう。
  このように混じりけの少ない国々がある一方、ベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピンでは複数の変異が混在して見つかっており、これらの国の民族には相当の交雑があったことが類推される。ベトナムはここも少数民族の多い国であるが,独自の変異型をもつ民族、多様な変異型が混ずる民族など民族ごとに異なった特徴を持っていた。ベトナム最大の民族はキン族というが,彼等はクメールの特徴であるG6PD Viangchanのほか,中国人に多く出ているG6PD Canton や G6PD Kaiping なども出ており,他民族との融合に寛容であったようだ。さて私のかすんだ目で観察した結論であるが、どうもG6PD遺伝子型が多様な民族に美人が多く見られ、G6PD遺伝子型が固定した国には美人があまり多くないように思えた。遺伝子の多彩な融合が美人を生むということだと思うが、これはきっと偏見であろう。

  さてこぼれた話を臨床のほうへ戻す。G6PD欠損者は抗マラリア剤をはじめ、ある種の薬剤や食品を口にした時、溶血発作を起こすことがある。このことはとても迷惑なことであるが、マラリアに感染した時、G6PD活性の低さは原虫の増殖にマイナスに働くため、マラリアが重症化しにくいと考えられている。そのためマラリア感染の多い熱帯地方では淘汰が進み、G6PD活性低下者が男性人口にして10%超も存在する。わが国では0.1%以下なのにである。
  東南アジア出身の女性が日本へ来て男の子を出産すると、配偶者は誰であれその男の子の5~10%にG6PD欠損がみられる。強い新生児黄疸を起こすので、新生児を扱う医療従事者はこのことを知っておいていただきたい。ここを無事乗り越えればあとは普通の生活ができる。ソラマメをたくさん食べないように、ある種の薬剤は使わないようにという点に配慮をしてもらえれば、とくにハンディキャップはない。一方、マラリアに罹ったときに死亡する確率が低いという特典が一生ついている。

(次号は、自治医科大学神経内科学の松浦徹先生の予定です)

戻る 次へ