自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その21 同窓会報第74号(2016年4月15日発行)


地域ニーズ志向

            自治医科大学地域医療学センター地域医療学部門 
                                  小谷和彦(鳥取15期)
 kotani

 地域医療の実践は筋書きのないドラマである。地域医療を「謳歌」していた頃、ある遺伝性代謝疾患の受診者から遺伝相談を受ける機会があった。受診者のニーズに何か応えられないだろうか―この出会いが、その後の研究の発端となった。今でもこのご家族とはお付き合いをしている。疾患に対する診療の研鑽はもとより、病態に迫ろうと遺伝学、生化学、臨床検査医学の世界について勉強を進めるようになった。地域に眼を向けてみると同疾患は必ずしもまれではなかった。予防法の模索、小児のスクリニーング法の確立、地域で支える仕組みづくりの重要性に気づき、公衆衛生学の世界の勉強もさらに進めるようになった。この‘こぼれ話’に登壇する諸先生方は自身の研究の幅広さをしばしば書かれているが、自分も同じように、勉強が進むに連れて基礎医学~社会医学~臨床医学の領域の研究報告を経験するに至った。
 ある時、受診者から「食事の摂取エネルギーのイメージが湧かないし、湧いたとしても食習慣は替え難い」と言われた。「どうしたらいいでしょうか」―その人とともに作り上げたのが、甘い缶コーヒーをモデルにした健康教育媒体の「佐藤くんと尾藤くん」である。これを用いると缶コーヒー内のエネルギーを角砂糖の個数に置換することでエネルギーのイメージトレーニングができる。早晩、この教育効果を検証するに至った。
 地域社会のニーズに応えようとすることをも覚えるようになった。地域に出かけて行くことが必然と増えてきた(自治医大卒業生にしばしばみられる行動である)。住民と交流して、健康のみならずまちづくりに関して話し合い、声を集めることに努めた。いくつかは研究の題材として発展した。医療機関外の健康生成資源(例:地域薬局、保健施設、住民組織)を活用した地域の健康向上を目指したcommunity preventionの研究は、そうした声から生まれた。地域の声を聴くこと―ところ変わっても今も地域の一線にいた頃の精神とあまり変わっていないように思う。
 こういう話をしていると、地域医療学部門での研究について聞かれることがある。先日、学位(博士)取得に結実した研究内容について皆で分類したのだが、診療に関わる研究が約4割(内訳として、症状・症候、検査特性のような診断に関するテーマ、疾病に対する保健指導・治療に関するテーマ、地域医療設定での診療像に関するテーマの順)を占める。地域医療の設定に特有で、そこに従事する医師ならではの視点で診療の向上を目指す試みはやはり主流である。次いで、地域住民の好発疾患や死亡に関わる危険因子(含遺伝子多型)の研究が約3割を占める。この危険因子の研究が上位となる理由の一つには、全国の自治医大卒業生や多職種の参加するJMSコホート研究の存在がある。そして、医療・介護提供体制(含サービスのあり方)と、地域医療特異な医師像の研究がともに1割程度みられる。この他に、検診や予防活動に関する研究、地域医療の教育に関する研究、自然環境と健康に関する研究がみられる。修士の取得においては、医療経済、住民の意識、コミュニケーションに関する研究がみられる。地域医療は学際分野であり、最近では、情報学や政策学に関するような研究も進行中である。全国の多地域で共同するpractice-based research network型の研究や分子バンクの研究も構築されてきている。
 いずれの研究であっても(スケールの大小は問わず)、地域の中でニーズに沿うことが、自分には元始のようにみえる。そして、この出発点は研究のモチベーションを保持しやすく、また成果の還元にも結び付く要諦の一つに思う。

(次号は、自治医科大学さいたま腎臓内科学 教授 森下義幸先生の予定です)

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