自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その23 同窓会報第78号(2016年10月1日発行)


埋没知、人工知能、症例報告、セルフ・アーカイブ、デジタル・アーカイブ

            自治医科大学附属さいたま医療センター総合診療科 
                                  菅原 斉(北海道8期)
 

sugawara2016

 医学情報が莫大に増え続ける世の中です。埋没知とは、文書化されて利用可能な状態にあるにもかかわらず、実際には利用されずに眠っている知識とされています。どのような天才であっても、埋没知の全てを記憶して活用することは不可能でしょう。
 一方で、2000万件以上の生命科学の論文と1500万件以上の薬剤関連の情報を学習した人工知能(IBM Watson)が、東京大学医科学研究所において、60歳代の女性患者の正確な白血病の病名を10分で見抜き、病名から割り出した適切な治療法によって患者の命を救ったと報道されました。また、総務省は、内視鏡の8Kカメラで撮影した1000例以上の超高精細画像を人工知能に学習させ、医師が病気の兆候を見逃さないようにするための診断支援システム開発に乗り出しました。本学の地域医療学センターでも、「ホワイト・ジャック プロジェクト」という人工知脳型総合診療支援システムが開発されています。
 日本内科学会の症例データー・ベース「症例くん」や「PINACO」も、症例報告を有効利用するための試みのひとつですが、近い将来、深層学習・多層学習機能を備えた人工知能が、世界中のありとあらゆる医学情報(教科書、基礎研究論文、遺伝子バンク情報、ガイドライン、ランダム化比較試験、症例報告など)を学習し、診断や個別化治療などに有益な情報を提示するようになるでしょう。そのためには、「自治医科大学紀要」や「月刊地域医学」など本学関連の刊行物の全てのバックナンバーも、インターネットを通じて、いつでも、どこでも、だれでも、自由に、無料で利用できるようにデシタル・アーカイブ化して、人工知能が利用できる環境を整えておくことも必要です。本邦の雑誌では、「遺伝学雑誌(1921年以降)」や「結核(1923年以降)」などは、創刊号からの全てが電子ジャーナル化されています。
 臨床医が症例報告を書き続けることの重要性は、「CRST研究・論文こぼれ話」シリーズでも度々指摘されているように普遍です。稀有な症例だけでなく、特に、教訓的な症例報告が、人工知能の「糧」としても大切ではないでしょうか。「症例報告『でも』良いから書く」というよりも、臨床医であれば「症例報告『を』書き続けることが医者冥利のひとつ」と考えます。
 症例報告を執筆する時には、CRST代表の松原茂樹先生の名著「論文作成ABC:うまいケースレポート作成のコツ」を参考にしています。雑誌掲載が叶ったときには、ORCID (Open Researcher and Contributor ID)に登録し、WEB掲載の可否を確認の上、academia.edu、Google Scholar、PUBFACTS, Mendeley, ResearchGate, Researchmapなどにもセルフ・アーカイブすることで、医師として生きた証のひとつをクラウド上に残すことができます。  

(次号は、自治医科大学附属さいたま医療センター救急医学 守谷俊 先生の予定です)

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