自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その3  同窓会報第58号(2011年10月1日発行)

「研究について思うこと 」梶井英治(自治医科大学地域医療学センター、鳥取1期)

 自治医科大学を卒業して早40年を迎えようとしている。この間、臨床研修、地域医療を経て、母校に帰り、血液学と人類遺伝学を学んだ。ふと気がつくと、法医学・人類遺伝学という講座に身を置き、そこの教授になっていた。人生、何が起こるか分からない。今度は、地域医療学講座の教授になった。あの時、血液学の教授であった三浦恭定先生から発せられた、「君は、ミクロからマクロまで幅広いねー。」という一言が今でも心に残っている。ある友人からは、「遠回りの人生だったね。」と言われた。確かに地域医療から始まり、専門医療、基礎・社会医学を経て、地域医療という原点に戻ってきた。決して、この道を思い描いた訳ではなく、結果である。自らを鍛え、無我夢中で真実を追い求めることに専心した。地域医療との関係は、ある時はどっぷりと浸かり、ある時は少し距離を置いて見ていた。このようにくるりと輪を描いた人生は、物事の多様な捉え方を育んでくれたように思う。同時に、いろいろな分野の仲間ができた。いずれも私にとって大きな財産になっている。
 さて、私の医師としての人生と研究との関わりを振り返ってみたい。卒業して2,3か月の頃、初期研修を受けていた鳥取県立中央病院の内科部長(当時、後に病院長)であった植木寿一先生から、「梶井君、Tセル、Bセルを分類してくれないか。」と声をかけられた。Tセル、Bセルと言えば、当時は未だ走りの頃で、卒業間近に授業で少し聞いただけであった。「エー、私は研修医ですよ。」という間もなく、「これからの時代、白血病やリンパ腫の治療はTセル、Bセルに分けて行うことになる。ここではそれを先駆けてやりたい。」、「病院には研究室もあるし、必要な機材も揃っている。試薬は購入する。ただし、検査は研修が終わった夜にやってもらいたい。」との植木先生のお言葉が続いた。植木先生の仰せのまま、検査に着手することになった。幸いに、新任の内科医師が、大学でTセル、Bセルの研究に従事していたとのことで、手取り足取りの指導を受けることができた。いろいろな新知見が得られた。検査は、いつの間にか研究となり、学会や論文発表の機会も得た。あちこちから問い合わせも舞い込んだ。夜10時頃から研究を始めた。深夜2時、3時まで及んだ。他科で研修の時にも、研究は続いた。
 私の研究は、指導医の一言から始まった。研究は身近な存在になった。私が最初に赴任した地域の病院で、ある看護師が「この地は、二つの谷に分かれますが、疾病構造に違いがあるようです。」と発言した。「それはとても重要な指摘です。是非、分析してみましょう。」の一言に、看護師たちの研究がスタートした。そして、小さな病院から、雑誌や学会での発表が始まった。
 Tセル、Bセルの研究が国内外で大きな潮流となった頃、自己免疫性溶血性貧血の患者と出会った。これがきっかけとなり、赤血球膜の研究に取り組んだ。当時、人間生物学研究室の助教授(後に法医学・人類遺伝学講座教授、現日本獣医生命科学大学学長)であった池本卯典先生の元に休みを利用して伺い、指導を仰いだ。その後、縁あって母校に帰り、三浦教授と池本教授の指導を受ける機会を得た。自己免疫性溶血性貧血の病因や病態解析に取組んだ。研究手法は、血清学から始まり、生化学、そして分子遺伝学へと進展し、ミクロの世界へと入っていった。チームも大きくなり、多くの論文が国際誌に載り、世界の土俵に上がった。その時、地域医療学講座の教授に選ばれた。この辺りの経緯に関しては、ここでは割愛したい。
 地域医療学講座に移ると、さまざまな研究が行われていた。全国ネットワークで取組まれているJMSコホート研究には、地域で勤務している卒業生や保健師、看護師、行政職員等、多くの方々が参加していた。また、診療現場で見出した疑問の解決に取組んでいる人たちもいた。医学教育の方法や評価についても取組まれていた。私にとっては、まさにミクロからマクロの世界に飛び込んだ感じがした。その後、地域医療の研究分野はさらに広がった。日々の診療の中で次々と湧いてくる疑問については、回答が見いだせないものも少なくない。それらの疑問に対して、自らが解決しようと一歩踏み出せば、疑問は研究テーマに、そしてその取組はまさに研究そのものになる。例えば、「かぜ」に対する科学的根拠に基づく適切な入浴指導に関する研究、及び高齢者の入浴介助と安全な入浴サービスに関する研究は、いずれも入浴を取扱った素晴らしいものであり、学位につながった。地域医療における高血圧管理の現状と評価に関する研究、プライマリ・ケアの現場における相補医療の研究、プライマリ・ケア患者の初期症状・受診理由に関する研究、地域医療に求められる医師像と自治医大卒業医師の評価に関する研究、火山ガスによる島民への健康影響に関する研究、プライマリ・ケアにおける呼吸器疾患へのアプローチ等、様々な研究が展開され、多くの新知見が提示されてきた。JMSコホート研究からも、多くの論文が世に出ている。また、大規模地域ゲノムバンク推進事業、さらにそれに続く自治医科大学他地域研究ネットワーク(JMSⅡ)プロジェクトにより、全国の地域と本学を結ぶ研究ネットワークが築かれている。
 個人にしろ、チームの一員にしろ、形はどうあれ、研究に取組んでみてはどうでしょうか。ちょっとした躊躇いがあるかもしれません。そのハードルを越えた時、新たな世界が待っています。

(次号は、さいたま医療センター 河野幹彦先生の予定です)


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