自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その45 同窓会報第100号(2022年4月15日発行)
「基礎も臨床も」
分子病態治療研究センター循環病態・代謝学研究部 武田 憲彦
分子病態治療研究センター 循環病態・代謝学研究部の武田憲彦です。アレルギー膠原病学部門
佐藤 浩二郎先生よりバトンを引き継がせて頂きました。これまで循環器内科医として働きながら、低酸素環境が心臓病を引き起こす仕組みを研究してきました。2020年4月に本学に着任し、生活習慣病の病態解明を目指して研究を行っています。併せて循環器内科の苅尾教授にご配慮頂き、附属病院の循環器センター内科部門で勤務させて頂いています。苅尾先生を中心としてスタッフの先生方が、“目の前の一症例に全力を尽くし、創新へと展開する”ことを見事に実践されている様子を見て、毎日勉強しています。
本日は私が基礎研究と出会うきっかけとなった症例について紹介させて頂きます。当時私は医者になって4年目で、榊原記念病院と言う心臓病の専門病院に勤務しておりました。ある日、75歳の女性が発熱と右下肢の腫脹を訴えて来院されました。その方は僧帽弁狭窄症に対して弁置換術を施行された既往があり、すぐに入院・検査して頂く事になりました。幸いにも感染性心内膜炎を示唆する所見は無く、右下腿の蜂窩織炎による発熱と考えられました。血液培養からStreptococcus Canisと言うレンサ球菌が検出され、抗生剤による治療を開始したところ病状は速やかに改善しました。Streptococcus Canisは本来犬に常在するレンサ球菌で、当時この菌によるヒト感染症について一報のみ論文報告がありました。恥ずかしい事に私は患者さんが回復したことに安心してしまい、そのまま退院させてしまいました。目の前の一症例に全力を尽くせていなかった訳です。
数ヶ月後、同じ患者さんが前回と同様に右下腿の蜂窩織炎を発症して来院されました。血液培養でも前回と同じStreptococcus Canisが検出され、さすがに何かおかしいと感じ始めました。患者さん、ご家族から詳しくお話を伺ったところ、飼っている犬が狭心症に罹患していること、また患者さんが獣医の先生から処方された薬を毎朝犬の口に手を入れて飲ませていたことを伺いました。そこで患者さんのご家族にお願いして飼い犬の咽頭拭い液を綿棒で採取して頂いたところ、犬の咽頭からStreptococcus Canisが検出されました。この菌はもともと犬の常在菌なので、これだけでは感染経路を特定したことにはなりません。そこで東京女子医科大学感染症学教室の菊池賢先生のところへ、血液培養で検出されたStreptococcus Canis菌と、犬の咽頭から検出された菌をお持ちしました。菊池先生はパルスフィールドゲル電気泳動法と言う方法を用いてこれらの菌の解析を行い、血液培養で検出された菌と犬の咽頭に常在している菌が同一であることを証明して下さいました。その後は犬の口に手を入れる行為をやめて頂くようにお願いし、患者さんは蜂窩織炎の再発無く経過されるようになりました。
20年以上前に経験した症例ですが、目の前の一症例に全力を尽くすことの大切さを教わりました。同時に臨床と基礎が協力することで、より全力で目の前の症例を治療できることを学びました。CRSTは自治医科大学の卒業生と大学を強く結びつける素晴らしいシステムだと思います。私も微力ながら本学および同窓会に貢献できるように尽くしていきたいと考えています。どうぞ宜しくご指導の程、お願い申し上げます。
(参考文献)
Recurrent
septicemia caused by Streptococcus canis after a dog bite.
Takeda N,
Kikuchi K, Asano R, Harada T, Totsuka K, Sumiyoshi T, Uchiyama T, Hosoda S.
Scand J Infect
Dis. 2001;33(12):927-8.
(次号は、自治医科大学データサイエンスセンター/医療情報部 教授 興梠貴英先生の予定です)