自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その46 同窓会報第101号(2022年7月15日発行)
「すみません、ネタがありません」
自治医科大学データサイエンスセンター/医療情報部 興梠 貴英
さて、研究こぼれ話として何か書くように言われたものの、最近さしたるネタもなく困ってしまった。…なので、研究とは全く関係ないけれど、特にメールの文面でときどき気になっている「御机下」「(御)侍史」について。
といってもやはり同じように気になって調べてみた先生方も多いだろうからご存じかもしれない。「御机下」とは手紙を送るに当たり、「私めの手紙などを直接あなた様にお渡しするのは恐れ多いので机の下にでもおいてください」という結構強い謙譲表現、ということのようだ。同じように、「侍史」というのはお付きの人、という意味なので、「あなた様に直接渡すのは恐れ多いので、まずはお付きの人にお渡しください」という意味にでもなるのだろうか。さらにその付き人に「御」をつけてしまうと丁寧すぎるかな、とも感じてしまうのだけれど…。
個人的にはこうした表現が文字通りの意味を発揮するのは手紙がまさに「紙」媒体であったときまでではないかと思っており、そのため中間に誰も介することがない電子メールで、「○○先生御机下」「△△先生御侍史」と書かれると、元々やや過剰な敬語表現と感じていることもあり、「いや、すでに机の下どころか開封した状態で届いていますし!」とか「私は侍史じゃないのだけれど…」等とつい心の中でツッコんでしまう。
しかし実は「下」がついて、もともとは呼ぶ側の謙譲表現であったのではないかと思われるものが今は普通に尊敬表現として使われているものは他にもある。誰でもよく知っている「陛下」「殿下」「閣下」等である。陛下の「陛」は皇帝がいる宮殿に上がるための階段(陛:きざはし)で、その階段のたもと(下)にいる使用人が「陛下」の実体である。つまり、皇帝に直接上奏するのは恐れ多いので、階段の下に控えている使用人=陛下に伝言をお願いする。それがいつの間にか皇帝につく尊称となったようである。殿下、閣下も同様。調べてみると陛下という言葉の由来について、後漢の蔡邕(さいよう)という人が解説をしており、この時代にはすでに尊称として定着していたようだ。ちなみに蔡邕は三国志で悪党と名高い董卓に無理やり召し抱えられた挙句、董卓死後にその死を悼んだと難癖をつけられて監獄に入れられ、そのまま獄死してしまったかわいそうな人である。
そういうことで(?)、封筒のあて名書きでは自分も「御机下」を使うことがあるのだけれど、メールでは使わないようにしている。私宛のメールでも皆様使わないようにしていただければ心の中のツッコミも減るのかな、とちょっと思う今日この頃である。
(次号は、自治医科大学循環器内科学部門 学内教授 星出聡先生の予定です)