自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その49 同窓会報第104号(2023年4月20日発行)
「今、等身大でできることを」
自治医科大学呼吸器内科学部門 澤幡美千瑠(神奈川25期)
自分の中に潜む「研究活動を通しての社会貢献欲」に気づいたのは、自治医大医学部を卒業して9年間の義務年限をこなす最中でした。そういえば小学校の卒業文集で「将来の夢は発明家」と書いていましたっけ。同じような意欲を持つ若手医師にとって少しでも道標になればと思い、義務年限、自治医大大学院入学、カナダ留学、厚生労働科学研究 難治性疾患政策研究事業 (サルコイドーシス分科会) における研究協力、COVID-19感染拡大期など、多様なステージにおける自身の ‘奮闘’ を振り返り、【今、等身大で取り組むための10箇条】をまとめさせていただきました:
① 目の前のことを生かし極める
② メンターに恵まれる
③ 症例を見て全体を考える、全体を見て症例を考える
④ 臨床の手を休めて研究するなら、疾患を治すことを徹底的にイメージする
⑤ 臨床の手を休めて研究するなら、90%で諦めるより130%やった方が恩返しになる
⑥ 臨床研究、疫学研究、基礎研究の垣根を超えると新たな発見が
⑦ 類縁疾患も参考にする
⑧ 古いトピックスも新しい気持ちで取り組む
⑨ 欧米では常識になっているけれど日本ではどうなのか
⑩ 世界で求められている情報の提供ではスピード重視
疫学的・臨床的手法による呼吸器疾患の疾患感受性と自然史の解明
1.
サルコイドーシス病態の解明
本症は全身臓器に異時性に多彩な病変を生じる原因不明の肉芽腫性疾患と理解されてきた。肺線維化病態は予後と密接に関わり進展抑制する治療方針の確立は重要である。しかし症例数確保が難しく長期観察を要し、病態や進展過程の全体像を把握することが困難であった。筆者らは以下の解析から「サルコイドーシス病態には経気道的侵入した外来抗原に対する処理能力低下とともに免疫寛容機構破綻が深く関与する」ことを結論づけ
[1]、2019年世界的に受け入れられた [2]。本邦では欧米に比べ重症の肺線維化病態に至る例が少なく、長期治療から致命的副作用を生じることもあり、より少量のステロイド使用を基本とする治療方針の確立が必要と考えられた [3]。
1-1. 日本人サルコイドーシスの臨床像
1974-2012年に自治医科大学付属病院で新規診断された連続588症例の臨床記録を解析した。呼吸器系は性別・年齢によらずほぼ全ての患者で侵されていた。若年診断群 (45歳未満) ではリンパ節病変、唾液腺病変、肝病変が有意に多く、高齢群 (45歳以上) ではリンパ系臓器以外の多様な胸郭外臓器病変がみられた [4]。胸部X線病期で肺門縦郭リンパ節腫脹があるⅠ・Ⅱ期の占める割合は、若年群で有意に多く高齢になるほど減少した
[5]。経気道的侵入した原因抗原が胸郭内の所属リンパ節を介してリンパ脈管系をめぐる経路とともに、加齢に伴い変化する免疫制御機構を反映している可能性が示された
[1]。
1-2. 日本人サルコイドーシスの環境リスク要因
本症と Immune-mediated
inflammatory diseases (IMIDs) の臨床類似性や高い合併頻度が指摘されてきた。近年、共通する遺伝的素因としてHLA(human leukocyte antigen)class Ⅱ 領域とBTNL2(butyrophilin-like
protein 2)遺伝子を含む第6染色体短腕上の6p21.3領域、さらにIL-23/IL-12シグナル伝達経路に関連する遺伝子座の遺伝子変異/多型が注目されている。これ等はTh
(T-helper cell) 1・Th17細胞の抗原処理能や制御性T細胞の免疫制御能に影響し、疾患感受性を形成すると考えられる。
588症例の診断時年齢分布の時代的変遷から、近年20歳代の発病頻度が低下し続ける一方で45歳以上の女性で高い発病頻度を維持し続けていることを示した [4]。発病における環境リスク要因の密接な関与とともに、近年の外的要因の減少傾向 (衛生仮説) かつ内的要因の存在 (卵巣機能不全等) [6] を示した。蓄積症例解析から更なるリスク要因の候補としてTNF阻害薬使用 [6]、活性型ビタミンD欠乏、虫垂切除/扁桃摘出 [7]を見出した。いずれもTh1型免疫反応と免疫制御機構のバランス異常を生じ得るものであり、多発性硬化症を含む一部のIMIDsで挙げられているリスク要因と共通していた
[1]。
1-3. 日本人サルコイドーシスの肺線維化病態
2000-2018年に自治医科大学附属病院を含む3施設で診断された2500症例以上から慢性呼吸不全で酸素導入された連続10症例を抽出しCT画像を解析した。
線維化病態の進展過程では牽引性気管支拡張が集簇し、‘central-peripheral band (肺門側と末梢胸膜側に向かうリンパ路に形成される帯状浸潤影)’ や末梢肺嚢胞を形成し、上葉収縮が進行した [8, 9]。多発肺嚢胞を呈した2例では喘鳴が出現し肺高血圧症と肺アスペルギルス症を伴う特徴的経過がみられた。3例で観察された蜂巣肺様構造はいずれも牽引性気管支拡張の集簇で成り立っていた。拘束性換気障害の進行とともに肺高血圧・肺アスペルギルス症・気胸等を併発し呼吸不全が進行した。
2.
COVID-19 mRNAワクチン接種の効率化と個別化を目指した疫学研究
新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) に対し人類初めてのmRNAワクチンが開発され日本でファイザー製 BNT162b2 の接種を開始した。個人における有効性と副反応の出現状況を把握し、これ等に影響する背景因子を年齢・性別・体型・生活歴・基礎疾患・使用薬剤等から把握することは、接種の効率化や個別化を進める上で重要である。
筆者らはBNT162b2の2回目接種をした国立病院機構宇都宮病院の職員378人で3・6か月後のSARS-CoV-2スパイク蛋白に対する抗体価測定を実施した。6か月後には50歳以上でデルタ株の感染を予防できない値まで下がることを世界に先駆けて示し、3回目接種の必要性を唱える根拠とした。日本人において高齢者や喫煙者で抗体価が顕著に低下し、ピーク値への影響が持続していたが [10, 11]、3-6か月後の抗体価減衰率は女性で有意に大きいことを示した [11]。全身性副反応が出現した人で3か月後に高い抗体価が得られる傾向も見出した[12]。
1. Sawahata M, Sugiyama Y. An epidemiological perspective on the pathology and etiology
of sarcoidosis. Sarcoidosis Vasc Dis 2016; 33: 112-116.
2. Grunewald J, Grutters
JC, Arkema EV, et al. Sarcoidosis. Nat Rev Dis Primers. 2019; 5: 45.
3.
Zhou Y, Gerke AK, Lower EE, et al. The impact of demographic disparities
in the presentation of sarcoidosis: A multicenter prospective study. Resp Med
2021; 187: 106564.
4. Sawahata M, Sugiyama Y,
Nakamura Y, et al. Age-related and historical changes in the clinical
characteristics of sarcoidosis in Japan. Resp Med 2015; 109:272-278.
5. Sawahata M, Sugiyama Y,
Nakamura Y, et al. Age-related differences in chest radiographic
staging of sarcoidosis in Japan. Eur Respir J 2014; 43:1810-1812.
6. Sawahata
M, Sugiyama
Y, Yamasawa H, et al. Sarcoidosis
during etanercept treatment for rheumatoid arthritis in women with a history of
bilateral oophorectomy. Sarcoidosis Vasc Dis 2016; 33:178-181.
7. Sawahata
M, Nakamura Y, Sugiyama Y. Appendectomy, tonsillectomy, and risk for
sarcoidosis—a hospital-based case-control study in Japan. Respir Investig 2017;
55: 196-202.
8. Sawahata M, Yamaguchi T. Imaging findings of
fibrosis in pulmonary sarcoidosis. Sarcoidosis
Vasc Dis 2022: 39; e2022018.
9. Sawahata M, Johkoh
T, Kawanobe T, et al. Computed tomography images of fibrotic pulmonary
sarcoidosis leading to chronic respiratory failure. J Clin Med 2020; 9.
10. Nomura Y, Sawahata M, Nakamura Y,
et al. Age and smoking predict antibody titres at 3 months after the second dose of the BNT162b2 COVID-19 vaccine. Vaccines (Basel) 2021, 9, 1042.
11.
Nomura Y, Sawahata M, Nakamura Y, et al. Attenuation of antibody titers from 3 to 6 months after the second dose
of the BNT162b2 vaccine depends on sex, with age and smoking risk factors for
lower antibody titers at 6 months. Vaccines (Basel)
2021, 9, 1500.
Koike R, Sawahata M, Nakamura Y, et al. Systemic adverse
effects induced by the BNT162b2 vaccine are associated with higher antibody
titers from 3 to 6 months after vaccination. Vaccines (Basel) 2022, 10, 451.
(次号は、自治医科大学最近学部門 学内准教授 宮永 一彦先生の予定です)