自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その53 同窓会報第108号(2024年4月25日発行)


広くて深い皮膚の話

            自治医科大学医学部 皮膚科学講座 小宮根 真弓

 

皮膚疾患と聞くと、皮膚のあざや色調の変化、腫瘍など、主に外見に関わる疾患を思い浮かべる方も多いと思います。皮膚科についてよく知らない新研修医の先生方は、皮膚科は外見に関わる疾患を主に扱う科と考えている方も多いかもしれません。ところが、皮膚科が扱う皮膚の疾患には、膠原病、感染症、遺伝性疾患、代謝性疾患、自己炎症性疾患、水疱性疾患、角化性疾患・・・等、様々な領域の疾患が含まれており、その守備範囲は広大です。皮膚には皮疹が生じますので、もちろん外見にも関わりますが、外見だけでなく、さまざまな併存・合併症を含む全身疾患と向き合う必要があります。そのあたりをよく理解しないで入局してくる研修医の先生にとっては、思っていたのと勝手が違う・・・ということになり、早期に他科に異動、などという事態が生じることもあります。最近では、治療薬も多岐にわたり、サイトカインをターゲットとした生物学的製剤や、シグナル伝達分子をターゲットとした低分子分子標的薬などが次々に登場し、皮膚科領域はいまだかつてない華やかさを呈していると同時に、その副作用対策も重要な課題となっています。

 研究領域についても、病理学、免疫・アレルギー学、遺伝学、分子生物学、細胞生物学・・・様々な領域で皮膚疾患の研究が展開されています。内科領域のように、高度に発展して細分化していないため、どちらかというとPrimitiveな領域ですが、未開拓の分野も広く、また広大な臨床領域を背景として様々な領域の疾患を扱っているため総合的な視点を展開しやすく、今後発展の余地が大きいともいえると思います。今後の若手の先生方の活躍を期待したい領域です。

 私が研修医になったころは、乾癬やアトピー性皮膚炎の治療はもっぱら外用剤に頼っており、患者さんには“きちんと外用してください”というのが精いっぱいでした。次第に、シクロスポリンの内服が使えるようになり、光線療法も比較的手軽に行えるナローバンドUVBの機器が開発されて、少しずつ治療手段が増えてきました。そのゆっくりした変遷が生物学的製剤の登場により突如として急激な変化に変わりました。生物学的製剤や分子標的薬が使える現在の状況から考えると、昔は治療選択肢が少なくとても不便な時代でしたが、そのころの経験から、かなり重症な乾癬やアトピー性皮膚炎でも、しっかり外用すればある程度はなんとかなる、という自身が持てるようになりました。逆にさまざまな全身療法が可能な現在の状況では、患者さんに外用のストレスを強制するのはあまりよろしくないと考えられるようになりましたが、それでも経済的に安価である外用剤や従来の内服薬のみでも、かなり重症な症例にも対応できる、ということを身をもって経験しています。悪性黒色腫の治療などは、当時はダカルバジンを中心としたDAV療法を行っていましたが、再発・転移症例の治療は難しく、腫瘍の進行に対して有効な手段はほとんどない状態でした。最近では、BRAF阻害剤やMEK阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤などが使用できるようになり、腫瘍の進行に対して多少は何等かの手立てができるようになった、というところです。

 臨床と研究は切っても切れない関係にあり、診療の中で生じる疑問を出発点に研究を始める皮膚科の先生方は数多くいらっしゃいます。私が研修医のころ、ちょうど留学から帰った先輩の先生から細胞培養を教えていただき、研究というものに初めて触れ、自分で実験して結果を出すということに感動し、とても興味を持ったことを懐かしく思い出します。その後、私自身もニューヨーク大学に留学し、分子生物学的手法を用いて、ケラチン遺伝子の発現調節機構の研究を行い、学位論文としました。ニューヨーク大学医学部皮膚科学教室は米国でも最大規模の皮膚科学教室で、Manhattan Veterans’ Affairs HospitalBellevue HospitalTisch Hospitalの3つの病院の皮膚科を診ており、さまざまな症例を見学することができました。米国の皮膚科研修医の先生方が非常に優秀なことにとても驚き、また米国の医学教育の在り方が当時の日本の医学教育とは全く異なることにとても衝撃をうけました。帰国後、日本でも米国流の医学教育改革が進められ、医学生に対する教育はかなり変化したことを実感します。研修医に対する教育についても研修プログラム制度が確立したことでシステマティックになりつつあるのを実感します。

帰国後は後輩の先生方や留学生の先生方と一緒に、表皮細胞を対象にした研究を細々と行ってきました。自治医大に赴任してからは、大槻マミ太郎教授のご支援のもと、非常に多くのバラエティーに富んだ症例を経験させていただき、臨床から生じた疑問を基礎的な技術で解決する、という方向性で、症例に直結した研究を行ってきました。大槻先生の集めた莫大な研究費を比較的自由に使わせていただいたことは大変ありがたく感謝しております。

 最近の医学、基礎医学の発展は目覚ましく、新規治療もめまぐるしく刷新を重ねていますが、そのような中で、今でも臨床・研究に関与できていることは、私自身予想もしなかったことで、これまで様々な側面からお世話になった諸先生方には大変感謝申し上げております。

 皮膚科学が広大な臨床的背景を有する学問であることから、様々な領域における最新の情報を統合しつつ新たな知見を創造するという、他の診療科領域では得難い特徴を発揮できる領域であり、また、元来皮膚科は研究が好きな先生方の集まりであることから、今後ますます皮膚科学研究が深化していくことを期待しています。


 皮膚疾患の診療・研究は興味の尽きない泉のようなもので、今後もたくさんの先生方に興味を持っていただき、多くの新しい知見をもとに新たな治療が可能になることを望んでいます。

(次号は、自治医科大学附属病院 病理診断部 教授 福嶋 敬宜先生予定です)



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