自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その56 同窓会報第111号(2025年1月15日発行)


外科医の研究

            自治医科大学 外科学講座 消化器一般移植外科学部門 佐田 尚宏

 

今回、研究・論文こぼれ話の原稿依頼をいただきました.私自身は40年間、外科医として仕事をしてきたのですが、丁度良い機会をいただきましたので「外科医の研究」について振り返ってみたいと思います.私は1984年に大学を卒業し、約10年間東京大学旧第一外科で臨床、研究のトレーニングを受けました.東京大学旧第一外科での後半5年間は急性膵炎・膵傷害モデルに対する分子生物学的検討をテーマに基礎研究を行い、1994年に博士号を取得、その成果を2本の英文論文に纏めました.この期間、国内外での学会活動を精力的に行っていて、1991年第33回日本消化器病学会大会(久留米)で優秀演題賞を受賞したことは良い思い出です.また、日本膵臓学会の理事長を務められた竹山宜典先生と知り合ったのもこの頃で、今年度第55回日本膵臓学会大会を宇都宮で開催しましたが、この頃の学外の方々との交流がとても役に立ったと感じています.

 

 当時は海外の学会活動にも力を入れていて、毎年4-5月に開催されている米国消化器病週間(DDW)の米国消化器学会(AGA)に演題を出すことを1年の目標のひとつにしていました.当時の演題採択率が20-30%程度だったのですが、1992San Francisco1993Chicagoで開催されたAGAで演題を採択していただき、急性膵炎研究では世界的に有名だったドイツDuesseldorf大学のClaus Niederau教授と話をする機会を持つことができたことが、その後のDusseldorf大学留学に繋がりました.まだe-mailがなかった時代、手紙のやり取りで交渉して、日本人では初めてのDusseldorf大学消化器科の客員研究員として1994-1996年の2年間過ごしました.この期間も急性膵炎・膵傷害の分子生物学的研究を継続し、3本の英文論文として発表しました.外科医の仕事は臨床業務、手術のトレーニングが優先されるため、研究も臨床研究が主体になりますが、この東京大学旧第一外科からDuesseldorf大学での基礎研究の経験は、その後の臨床、研究には大変役に立ったという実感があります.

 

ナイフを持っている手

低い精度で自動的に生成された説明 2000年に講師として自治医科大学消化器・一般外科(現在の消化器一般移植外科)に着任し、自治医科大学生活が今年で25年目になりました.自治医科大学での研究は、新たな手術手技、術前画像診断などの臨床研究が主体になりました.2000年代に外科医としての技術を無編集ビデオ審査で審査する日本肝胆膵外科学会高度技能指導医、日本内視鏡外科学会技術認定医の資格認定が開始され、それぞれの資格を取得したのですが、内視鏡外科技術認定は副腎手術で取得しています.通常泌尿器科で行うことが多い副腎手術を、当科では以前から担当していました.当科での副腎鏡視下手術は、導入当初は経腹腔前方アプローチ法で行っていましたが、腹腔内臓器が視野の妨げにならない径後腹膜側方アプローチに手技を変更し、術式についても様々な工夫を行いました.その一環として実施したHALS(hand-assisted laparoscopic surgery)の論文を米国内視鏡外科学会(SAGES)official journalであるSurgical Endoscopy誌に投稿し、この論文(Surg Endosc 2006;20:830-3)no reviseで採択していただきました.この頃は他にも2(Abdom Imaging 2006;31:326-331Abdom Imaging 2007;32:66-72)no reviseで採用していただいた論文がありました.Surgical Endoscopy誌に投稿した論文では、左手掌部でスペースを作ることが重要と強調し、そのイメージ写真を図として提示しました.その際に腫瘍のイメージとして何を使用しようかと考えたのですが、ティッシュペーパーを丸めると腫瘍らしくみえることに気がつき、自分の左手と内視鏡カメラ、鉗子、丸めたティッシュペーパーで右図のような写真を撮影し、Figure 2として提示しました.学術雑誌に丸めたティッシュペーパーが掲載されることもなかなかないことかと思います.

 

 最近は、自分で論文を書く機会は減ったのですが、国内外雑誌の査読者をいくつか務めていて、5年ほど前からは日本臨床外科学会雑誌の編集委員を拝命しています.日本臨床外科学会雑誌は、若手外科医の症例報告を中心に掲載している雑誌で、年間30編ほどの症例報告を査読します.査読する際には、同様の症例報告を医中誌、PubMedで検索して、その新奇性を評価することにしているのですが、稀に以前の論文と全く同じ文章が記載されていることがあります.同じ様な症例であれば考察も類似することは、ある程度理解できますが、引用もせずに全く同じ文章を自身の論文として記載することは「剽窃」で、最近はインターネットで情報が簡単に手に入り、コピー・ペーストも簡単に出来るので、剽窃の閾値が低くなっているように感じます.この5年間で2回看過できない事例があり、著者に対して論文投稿禁止等の処分を課しました.研究倫理を遵守することは重要です.安易に流されず、自分の言葉で文章を書くトレーニングをすることも大切で、プロの作家が書く文章を読むと、「文章力」というものが歴然とあることが認識されます.最近、医学教育の中でリベラル・アーツの重要性が強調されています.臨床も研究も、私達の仕事は「役に立つ」ことだけがトレーニングではなく、直接は「役に立たない」ことにも注力することで仕事の幅も拡がりますし、人間的にも成長します.基礎研究は直接実臨床に役立つことは少ないのですが、長い仕事生活のどこかで集中してやることを若手外科医には推奨しています.「無駄な時間」が「文化」を涵養することは歴史的にもよく感じられることです.

 

 私は来年(20253)自治医科大学を定年退官します.振り返ると様々な縁に恵まれ、色々な仕事をする機会を得ることが出来ました.最近は、診療報酬体系が病院、特に急性期病院、特定機能病院にとって極めて強い逆風になっていること、インフォームド・コンセント等のためのペーパーワークの著明な増加など負荷の増大により、私達大学病院勤務医の臨床エフォートが著しく増加していると感じています.自由な時間がないと研究は進みません.日本の研究業績の地盤沈下が進んでいる現状を改善する何らかのブレークスルーが起こることを祈念しています.

 

(次号は、自治医科大学附属病院臨床研究センター 教授 北山丈二 先生予定です)



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