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同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

同窓会会報から 阿江竜介(兵庫県)

サクラマスの法則

自治医科大学 地域医療学センター
公衆衛生学部門 阿江竜介(兵庫26期)

 サクラマスをご存じだろうか。美しい銀色のボディ、体長40cmを超える大型の魚であり、釣り人にとってサクラマスは憧れの魚である。ちょうどこの時期(早春)、海から河川を遡上する。実はこの魚、元は“ヤマメ”である。日本の渓流に棲息するポピュラーな小型魚、誰もが知っているあのヤマメだ。あの小さなヤマメが河川を下り、大海原での修羅場をくぐり抜け、身も心も大きくなって再び河川に戻ってきた姿 ― それこそがサクラマスの正体である。

 渓流を泳ぐヤマメは、成長の過程でふと考え始める。「私たちこれからどうしようか」と。大半のヤマメは「この場所でこのまま暮らしてゆこう」と思って河川を出ない。しかし、一部のヤマメは思う。「このままではダメだ、私たちには何か足りない」と。そして命がけで河川を下り、大海原に出る。大海原ではまさに、食うか食われるかの生活。魚として一回りも二回りも大きくなる。ついに決断する。「私を育てたあの場所に戻ろう」と。そして再び河川を上る。これが私の考える「サクラマスの法則」である。

 へき地では「医者の定着」を課題としている地域がある。一人でも多くの医者が地域に根付いて欲しいと願うのは当然だろう。だが、若手を悩ませる言葉がある。「先生にはずっとこの地域にいてほしい」という患者からの言葉。「へき地に残って一緒に頑張ろう」という諸先輩からの言葉。自分が頼りにされていることを幸せに思う反面、プレッシャーを感じる若手は少なくない。特に、へき地に「残る」という表現に、何だか「生け贄」みたいな印象を持つのは私だけではないはずだ。だからこそ、あえてここで「サクラマスの法則」を思い起こしていただきたい。ずっと留まって欲しい気持ちをぐっと飲み込み、へき地から巣立ってゆく若手を応援してはいただけないだろうか。そうすれば、きっといつかサクラマスのように、一回りも二回りも大きくなって帰ってくる。実際、卒業生の多くは、へき地を離れた後でもまたいつか力になりたいと思っている。

 そう簡単にはいかない。実際に戻ってきた試しがない。そう言われるとちょっと困ってしまうのだが、サクラマスの話にはもうひとつの余談がある。実は、海に下るサクラマスはメスだけなのだ。オスは渓流でずっとメスの帰りを待っている。海から帰ってきたメスと、ずっと渓流を守ってきたオスとが次の世代を産み育てるのだ。

 へき地に留まってずっと地域を見守り続ける医者はもちろん必要だろう。だが一方で、他の地域からたくさんの経験を持ち帰って来る医者もまた必要だ。そうすることで、へき地には「見守る医療」と「新しい医療」との調和が生まれる。これからの課題は、へき地を「育ての場所」と思える「サクラマス医」を育て、循環させることにあると私は思う。かく言う私自身、もしも将来「育ての場所」に戻ることがあるとすれば、私はサクラマスのように身も心も大きくなって凱旋したい。そんな気概が今の私を突き動かしている。

※この作品は、2014年春号に寄稿したものですが、多くの卒業生のアンコールの声に応えて再寄稿することにいたしました。