論文作成上の倫理的な問題

 A.倫理的な問題がある行為

1.捏造(fabrication)
2.変造(falsification)
3.剽窃(plagiarism)
4.二重投稿(repetitive publication)
5.ぼかし(obfuscation)
6.研究のための倫理的な問題について承認されていない研究
7.利益相反行為に該当する場合
8.共著者の責務

B.不正とまではみなされない行為

1.意図しない実験・調査上の誤り
2.単純な表現上の誤り
3.ずさんな研究報告
4.研究方法あるいは結論について、科学的見地から見た場合疑問を呈せざる得ない研究

これらの行為は、不正とまでみなさないが、アカデミアから発信する情報としては、著しく品位を欠く仕事と言わざるを得ない。自治医科大学においては、これらの行為が行われないように最大限の取り組みを行っていく必要がある。

 (『臨床研究と論文作成のコツ-読む・研究する・書く』松原茂樹、大口昭英、名郷直樹[著]東京医学社 2011より引用)

 

出版に関する倫理的な問題については、COPE (Committee on Publication Ethics)が中心になって倫理的問題を議論しています。

Access: COPE (http://publicationethics.org/)

 

そこで議論された論文出版に関わる問題について、以下のサイト(通称“Ronbunサイト”)で日本語訳が読めます。

Access: Ronbun (http://www.ronbun.jp/flowcharts/index.html)

 

詳細については、COPEまたはRonbunサイトを各自がご参照いただくことにして、ここでは、初学者が間違えやすい重大な3つの誤りについて、注意を促します。

 

 (1) 変造 (falsification)、捏造(fabrication)

オリジナルのデータ(元データ)を変化・加工して使用するのが変造です。例えば、1)画像ソフトを使い、自分の都合の良いように濃淡を変化させること、2)都合の良いデータのみを使用し、都合の悪いデータを故意に用いないこと、等。変造よりさらに悪質なのは、捏造(ねつぞう)です。例えば、1)実験データと異なるデータを論文中に記述する、もっとひどいのは、2)実験をしていないのに、実験をしたことにしてデータを示す、など。投稿後、あるいは、出版後に、変造、捏造の疑いがかけられると、オリジナルデータ(研究ノート)の提出が求められます。自分に全く落ち度がなくても、そのような疑惑を持たれる場合があります。そのような場合、オリジナルデータをいつでも提出できるようにさえしておけば、問題は全く発生しません。しかし、問い合わせがあった時に、オリジナルデータが残されておらず、証拠を提出できないと最終的に変造・捏造と判断されかねません。したがって、自分が行った研究については、データを整理・保管し、また、研究ノートは鍵の掛かる場所に保管し、紛失しないようにしておくことが重要です。

 

(2) 剽窃または盗作 (plagiarism)

他人の論文の表現をそのまま「コピー&ペースト(俗にコピペ)」して自分の論文中に、無断で使用した場合が問題になります。ただし、部分的な転載で、参考文献を記載した上で、直接的引用として(すなわちコーテンションマークで囲うなどして)使用していれば、通常問題になりません。ただし、引用を明示してあっても、先行論文考察の大部分をそのまま持って来て、あたかも自分の考察のように見せかけたとすれば、それは、問題視されます。このあたりは常識の問題とも言えます。
 現在、多くの雑誌は、投稿された論文をEditorsに回す前に、’CrossCheck’などのソフトを利用して、盗作の疑いがないかどうかをチェックするようになっています。非常に優れた文字検索機能を持っており、また、非常に多くの出版物をデータベースに持っているため、PubMedに乗っていないような論文や、本、Internet上の出版物に至るまで、盗作であることが簡単に発見されるようになっています。
 今までは「他人の先行論文」についてお話をしてきました。が、最近は自己剽窃もきびしくチェックされます。すなわち、「自己が過去に書いた論文の文章をそのまま今回論文に記述すること」は、自己剽窃(self plagiarism)とみなされることがあります。自己剽窃とみなされないためには、1)今回の主張のどこが新規で、どこが過去と同一なのかを明記し、過去の関連する自己論文を引用する、2)内容は同じであっても表現法を変えて記述する、の2点の注意が必要です。

 

(3) 二重投稿

【日本語で一本、英語でもう一本】

全く同じ内容の論文を、異なる雑誌複数に投稿した場合。日本語で論文を書き、日本の雑誌に投稿後に、英語で全く同一内容の論文を書き、英語の雑誌に投稿した場合も、二重投稿になります。

【同一データの別解析】

また、同一のデータを用いて、ほぼ同じ解析を行った場合に、二重投稿かどうかが議論される場合もありますので、注意が必要です。その場合、相当異なる視点からの解析が行われていないと、二重投稿とみなされてしまう場合があります。同じデータを用いて新規論文を投稿する場合は、同一データを使用した過去論文が存在することを示し(引用しておくということ)、新規論文は過去論文では示されなかった点についての報告であることを明確にIntroductionとMethodsに記載しておく必要があります。編集委員、reviewersはこのような記載がきちんと行われていない場合には、編集委員やreviewersは、過去論文がないかどうかをPubMed検索で探し出そうとします。そして、引用されていない同一データの論文が見つかった場合、二重投稿疑惑がかけられ、編集委員会で取り上げられれて審議されることがしばしば起こります。

【過去のデータへの上乗せ】

過去のデータに、新しい症例を追加し症例数を多くして、再解析データを発表することは、発表内容が大きく変化しない限り、単に論文数を増やすためだけに行った可能性があるとみなされ、倫理的に問題視される場合があります。問題になるかどうかについて、自分では判断できないならば、編集長へ正式なletterを書いて、編集長の判断を仰いで下さい。

【過去の画像、データ、表、図の使い回し】

基本的に、原著論文の場合、過去に一度使用した図、写真、表は、その一部の表現を変更して少し違った表現に変更したとしても、繰り返し使用することは原則禁止されています。ましてや、自分のものではなく、他人の論文の図表を改変、変造してしようすることも原則禁止されています。どうしても過去に出版された論文の図・写真・表を利用したいのであれば、出版社に問い合わせ、許可を得る必要があります。

【同一内容論文の2重同時投稿】

言うまでもありませんが、全く同一内容の論文を同時期に2つの雑誌に投稿するのは違反です。仮に、両方ともacceptになって、同時に出版されてしまうと、その2つともがPubMedなどのデータベースの検索でヒットしてしまい、二重投稿であることがわかってしまいます。また、一方の論文が先にacceptされ、審査中の論文をwithdrawしてしまった場合、編集委員会が、なぜwithdrawしたかを不審に思い、追跡調査する場合もしばしばあります。そこで、2重同時投稿が発覚した場合には、違反行為だとしてきびしく審議されます。したがって、同時期に同じ内容の論文を別々の学会雑誌に二重に投稿してはいけません。

 

(4) 出版社における倫理的な問題への対処

編集委員会で倫理的な問題があると判断された場合、軽度の違反であれば「通知」のみで済みます。中等度の違反(変造・盗作・二重投稿)の場合、その程度に応じて、当該雑誌への投稿禁止(複数年)の措置が取られます。非常に悪意のある違反(偽造・捏造)が発見されると、永久にその雑誌への投稿が禁止される場合があります。
 投稿途中ではなく、すでに出版された論文に、上記のような倫理的な問題が発見されることもあります。この場合も、同様に編集会議で検討され、その後対応が議論されます。

 もし、変造・盗作・二重投稿・捏造である可能性が浮上すると、まず、投稿先の編集会議で問題論文として取り上げられ、最終的に「不正」かどうかが判断されます。「不正」と判断されると、責任著者(Corresponding author)に連絡が行き、その判断を受け入れるかどうかが問われます。また、「不正」であることを責任著者が認めた場合、著者全員に通知が行き、最後に著者の上司/臨床研究の統治責任者(Dean)へ通知が行きます。自治医大の場合には、当該部門の教授と学長へ通知が行くと想定されます。なお、盗作の場合は、盗作された論文の著者へも連絡が行きます。このように、不正行為は、罰則の程度如何にかかわらず、その違反行為自体が著者の所属する研究機関に通知されますし、時には研究者としての進退問題にまで発展することがあります。

 

インターネット上に公開されている文書

1. 我が国における研究不正(ミスコンダクト)等の外観― 新聞報道記事から(その3) ―

菊地重秋
【要約】著者が手許に保管していた研究不正などの新聞記事等のうち、1997年~2005年までのものを整理し、研究不正等の概観を与えることを試みたもの。重大な研究不正(捏造・偽造・盗用)、その他の研究不正、アカハラ、研究費不正について、事件の詳細が記載されている。
Access http://www.media.saigaku.ac.jp/bulletin/pdf/vol11/human/16_kikuchi.pdf

2.我が国における研究不正(ミスコンダクト)等の概観─ 新聞報道記事から(その4) ─ 

菊地重秋
【要約】主に2007年の本邦記事等を整理し、研究倫理や不正予防を考えるさいの参考資料として論文化されたもの。重大な研究不正(捏造・偽造・盗用)、その他の研究不正、アカハラについて、事件の詳細が記載されている。
Access http://www.media.saigaku.ac.jp/bulletin/pdf/vol12/human/19_kikuchi.pdf

3. 「科学の公正性」をめぐる米国と我が国の動向

ワシントン研究連絡センター 牧田浩典
【要約】日本と米国における、研究不正に対する社会としての取り組みを、研究の公正性の視点から時系列に整理・関連付けして比較した論文。以下の省節より構成される。

第1 章米国の動向.

  1. 研究公正局(Office of Research Integrity: ORI)の設立と研究における不正行為の防止.
  2. 研究活動及び研究発表における不正行為の定義.
  3. 責任ある研究活動(Responsible Conduct of Research: RCR)の推進.
  4. 責任ある研究活動(RCR)を促進するための、研究助成機関によるグラントの開発.
  5. 研究の公正性に関する世界会議.
  6. 2009 年オバマ大統領就任後の、政策形成における科学と政府の行動規範.
  7. 最近の動向.

第2 章わが国の動向.

1. 科学における不正行為の防止と科学者の行動規範について

(1)日本学術会議における取り組み
(2)総合科学技術会議と文部科学省における取り組み
(3)大学等における取り組み

2. 政策形成における科学と政府の行動規範

Access http://jspsusa.org/report/2012Report_WO_makita.pdf

3. 声明 科学者の行動規範 ―改訂版―

日本学術会議 2013年1月
【要約】科学者の遵守すべき事項を示すとともに、大学等研究機関及び学協会に対し、同声明を参照しながら自らの行動規範を策定し、それが科学者の行動に反映されるよう周知した声明。
Access http://www.scj.go.jp/ja/scj/kihan/

4. 競争的資金の適正な執行に関する指針

平成24年10月改正版
【要約】競争的資金について、不合理な重複・過度の集中の排除、不正受給・不正使用及び研究論文等における研究上の不正行為に関するルールについて記載されている。
Access http://www8.cao.go.jp/cstp/compefund/shishin1.pdf

 

科学者の不正行為に関する著書

  • Nicholas H. Steneck 著、山崎茂明訳『ORI 研究倫理入門責任ある研究者になるために』、丸善株式会社、2005 年
  • 科学倫理検討委員会編『科学を志す人びとへ 不正をおこさないために』、科学同人、2007 年
  • 米国科学アカデミー編、池内了訳『科学者をめざす君たちへ第 3 版研究者の責任ある行動とは』、化学同人、2010 年
  • 白楽ロックビル『科学研究者の事件と倫理』、講談社、2011年
  • 山崎茂明『科学者の発表倫理:不正のない論文発表を考える』、丸善出版、2013年