Vol.27  No.12 2008 


社会人大学院に入学して

大学院看護学研究科2年生 鈴 木 典 子

  私は、長期在学制度を利用して大学院に通学しています。20年ほど看護師として働いた後、その先の自分が見えなくなった私は、その時の職場を離れ、もう一度看護を初めから学んでみたいと純粋に思いました。学生時代あれほど勉強が嫌いだったのになぜそんな気持ちになったのか自分でも不思議です。
 「学業と仕事の両立は大変でしょう」と人からよく言われます。確かに大変ですし、この年齢だと徹夜も厳しく、時々「なぜ入学しまったのだろう」と思うこともあります。でも不思議と後悔したことはありません。今は色々な知識を吸収することができることや院生同士での討議、勉強以外のおしゃべりは学生時代(今も学生ですが)を思い出し、とても楽しいと感じています。仕事をする上で大学院での学びは今までの看護を再度見つめなおし、自分の考えを深め、どのようにすれば人に伝えることができるかを考える良い機会となりました。また、大学院での学びにおいては、仕事をしていることで学んだことを実践しさらに深く学ぶという貴重な経験をしています。ですから仕事をしながらの学業はとても大変ですが、どちらも自分にとっては大切であり、なくてはならないものとなっています。
 大学院での学びを通して最近私が感じているのは「言葉」の大切さです。
 言霊(ことだま)という言葉があります。言霊とは広辞苑によれば「言葉に宿っている不思議な霊威。言魂とも書きます。古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられており、万葉集にも日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」と、記述されているとあります。このように言葉は人の口から出て、耳から心に届くのだと思います。私は看護師になり、患者さんとの会話において聴くこと、傾聴の大切さを理解していたつもりでした。また言葉で患者さんを励まし、癒すことも実践してきました。しかし、言葉が本当に大切だな、意味があるなと思い始めたのは本当に最近になってからです。
 人は何かを強く願う時、声を出しています。言葉に出すだけで願いがかなう訳ではありません。しかし不思議と願いを言葉に出すと願が叶うことが多い気がしませんか。それは、言葉に出すことで願いを実行に移そうと、よりいっそう努力するからではないかと思います(人に言った手前実行しなければならないということもあるでしょう)。また、辛い時や痛みがある時も言葉に出しています。それは、辛いこと、苦しいことを声に出し言葉にすることで、その辛いことを自分の体から出しているのではないでしょうか。もちろん実際に痛みがなくなるわけではありませんが・・・。
今、私は仕事やプライベートでも言葉を大切に使いたいたいと思っています。それは周囲の人のためにそして何より自分のためにそう思います。心地よい言葉は他人だけでなく自分も心地よいのです。出来るだけ自分が思っていることを正直に言葉にする、感謝の気持ちは必ず言葉に出す。あたりまえのようですが、私はそれまであまり実践出来ていませんでした。言葉は「言魂(ことだま)」と思うようになってから、少しずつではありますが感謝の気持ちを言葉に出すことや以前は感情的になりきつい言葉を発していた事も、一呼吸おいて言葉を使うようになってきました。それでも感情的になりそうな時は心の中で「この人は宇宙人」と思うようにしています。
 最後に、今、私が学業と仕事の両立を何とかできるのは、大学院に行くことを気持ちよく許してくださり、応援してくれている職場の人々、挫けそうになった時、私を支え励まして下さる研究室の先生方や院生の仲間達のお陰だと思っています。本当にありがとうございます。そして何よりこの年で「大学院で学びたい」という私の我侭を許し、一番応援してくれている家族に感謝したいと思います。
 卒業まではまだまだ頑張らなければなければなりません。
 「大学院を絶対卒業するぞ!」・・・今の私の気持ちです。


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