Vol.29  No.1 2010 


図書館と本の役割

医学部長 富 永 眞 一 

  図書館と言うとまず思い浮かべるのは、Yale大学です。Yale大学にはSterling Memorial Library(総合図書館)とBeinecke Rare Book and Manuscript Libraryがありますが、2つとも大好きでした。総合図書館は閲覧室が広いのはもちろんですが、天井がとても高く開放的で、空間としては広々としています。ただ、照明は重厚な木の机に置かれたランプのような電灯でどちらかというと暗く、しっとりとした落ち着きと静寂が支配しています。私はこの環境の中に身をおいて、目の前に本を広げつつ実は全然関係ないことについて静かに物思いにふけるのが好きでした。実験科学が専門でしたが、ここに来て過ごす時間がなんだかとても貴重に思えました。周りの建物の外壁のコーナーには、小さく目立たないのですがfestina lente(急がば回れ)と彫ってあり、なるほどと自分に言い聞かせたりしていました。
 Beinecke図書館は全く趣を異にする建物で、窓がなく建物全体が薄い大理石の板で覆われています。しかし、中に入ると、特に晴れた日などは外の光が大理石の壁を通して差し込み、照明が一つもないにも関わらず驚くほど明るいオレンジ系の環境を作り出しています。所蔵されているのは貴重な図書で、例えばGutenbergの聖書の本物が置いてあったりします。どちらかと言うと博物館的な環境で、中で過ごすと自然に明るく楽しい気分になっていました。
 一昔前に、自治医科大学図書館の運営委員を仰せつかっていたことがあります。当時所蔵する本が増えすぎて、思い切って閲覧室を縮小あるいはつぶすかといった議論がなされました。私は単に本の置き場所ではなくて、物を考える環境を作り出すのが図書館の存在意義と思っていましたので、反対意見を述べさせていただきました。幸い現在まで閲覧室は維持されているようです。
 本については、図書館でというより文庫本や新書などの小さな本を通学途中や自宅で読んで育ってきましたので、図書館ニュースの寄稿者として適任ではないかも知れませんが、大きく影響を受けた本を紹介させてください。以前にもどこかでご紹介させていただいたので、重複するかも知れませんがお許しください。中学生の時に岩波書店で映画を作っていた方が現代国語の先生として赴任されました。最初の授業の時に黒板の真ん中に「自由と規律」池田潔と書いて、「私はいままで教壇に立ったことがありません。従って現代国語の授業をどうやってよいかわかりません。教科書は使わずに新聞記事などを題材に授業をします。ところでこの本はきっと将来役に立つと思うので気が向いたら読んでみてください。」とだけ言われました。岩波新書で安かったこともあり読みましたが当時は旧字体などが混じっていたこともあってとても難しくてよくわかりませんでした。ところが大学生になって読み直すと感動し、さらに40代で読み直すと自分の基盤の一部を構成していると感じるまでになっていました。機会があるごとに学生さんたちに紹介しているのですが(1949年初版ですがいまだに絶版になっていないのは驚異的です)、我が子どもたちも含めて最後までたどり着かない場合ばかりでした。最近読破してくれた学生さんがあらわれたので、気を良くして次の本を紹介したりしています。
 本を紹介するということは、特に私のように話が上手でない場合には、その本によって影響を受けた人間が伝えたいことを代弁してもらう手段とも言える気がします。中学生のときの現代国語の先生もシャイな先生でしたが、「自由と規律」を通じて我々に伝えたいと思われたことは、十分に伝わったと感じています。図書館のような物を考えられる静かな環境の中で、紹介した本を読んでいただき、こちらの意図をくみとっていただければ教育者のはしくれとしては最高の幸せです。

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