領域概要
concept
酸素(O2)の欠乏は、多くの好気生物の生命を秒単位で脅かす緊急事態である。そのため酸素の欠乏状態とは強いストレスである、と長い間単純化して捉えられてきた。この視点から、低酸素応答因子であるHIFが同定され、がんや虚血性疾患の治療標的とされるなど研究が大いに進められてきた。一方こうした流れとは別に、体内には骨髄や脳などに生理的な低酸素環境が実は存在し、様々な生体調節における重要かつ非典型的なシグナルとして活用されていることが明らかになり始めている。これは酸素はたくさんある方が良く、低酸素をストレスとして捉える従来概念に反し、低酸素を生体調節系を制御する「酸素シグナル」として理解する必要性を示しているが、既存の体内の酸素に関連する研究アプローチには技術的な限界があり、①細胞間・臓器内の酸素分布とその変動を把握することができないこと、②酸素シグナルによる細胞内代謝変動の精緻な把握が困難であること、そして③これら現象の体外における再構築・解析系が存在せず、同定された酸素シグナルの効果の検証が難しいことが酸素シグナルの実態を解明する上で課題となっていた。
そこで本領域では、これらの課題が足枷となってきたモデル動物研究における造血幹細胞動態、恐怖忌避行動、生殖細胞貯蔵機構といった生命現象に、領域構成員独自の技術である、発光・蛍光イメージングや電気化学マイクロデバイスによる組織環境の再構築とその操作を駆使したアプローチを試みる。これら試みを通じて、生体内のO2動態の解明とO2動態を利用した生体調節機構の解明を目指す「生体酸素動力学」という新たな融合学問領域を開拓する。この生体酸素動力学の探究によって、地球上のほぼすべての生命にとって不可欠なO2と生命現象との関係性を深い視点から洞察し、我々の身体機能の本質的理解から、自然界に宿る超人類的な生命の神秘にまで迫りたい。
領域代表 自治医科大学 口丸 高弘