医療安全の取り組み
1-1.私たちの考える「医療安全」
自治医科大学附属さいたま医療センターでは、医療安全は医療の質そのものであり、病院の姿勢を映す鏡であると考えています。
医療は、多くの専門職が関わる高度で複雑な営みであり、人が関わる以上、リスクを完全にゼロにすることは現実的ではありません。
だからこそ当センターでは、「事故を隠さない」「個人を責めない」「組織として学び続ける」という原則を大切にし、安全な医療を「仕組み」と「文化」の両面から支える取り組みを行っています。
当センターの特徴の一つは、インシデント報告数が全国でも有数であることです。これは事故が多いことを意味するものではなく、職種を問わず日常診療の中で気づいた小さな違和感やヒヤリとした体験を共有し、医療安全について考え、向き合う時間を大切にしている文化が根づいていることの表れだと考えています。
1-2.Just Culture(公正な文化)
当センターでは、インシデントや医療事故への対応にあたり、「Just Culture(ジャスト・カルチャー)」=公正な文化の考え方を重視しています。Just Cultureとは、医療現場において避けがたいヒューマンエラーを、個人の責任だけに帰すのではなく、組織として原因を共有・分析し、再発防止と学習につなげる姿勢を意味します。
本センターでは、以下の原則に基づいて運用しています:
・ヒューマンエラー(不注意・記憶違い等)に対しては、責任を追及せず、原因分析と再発防止策の構築に努めます。
・ルール違反やリスクの高い行動については、その背景や理由を丁寧に確認し、必要に応じて教育やシステム改善につなげます。
・意図的な違反や不正行為が確認された場合には、組織として厳正に対応します。
このように、「誰が悪いか」ではなく「なぜ起きたか」に注目することで、職員が安心して報告・相談できる環境を整備し、隠ぺいや萎縮を防いだうえで、持続的な安全文化の醸成を目指しています。当センターでは、インシデント報告書の内容に応じて、再発防止策を部門横断で検討するとともに、個別の研修・教育支援も行っています。
2-1.報告文化の定着と全国有数の実績
当センターでは、インシデントやヒヤリ・ハットの報告を「責任追及」ではなく「安全への第一歩」と位置づけ、職員一人ひとりが日常的に気づいたことを積極的に報告する文化を築いてきました。
このような安心して報告できる環境(Just Culture)の整備により、年間のレポート報告件数は全国でも有数の水準を継続的に維持しています(例年2万~3万件)。
以下のグラフ(図1)は、平成25年から令和6年までの報告件数を年度別・リスクレベル別に集計したものです。
※図1は当センターが蓄積してきた報告データを基に作成しています。
報告内容の多くは、レベル0~1(問題なし〜軽微な事象)であり、レベル4b〜5(重大インシデント)に該当する報告は極めて少数です。
これは、職員による日常的な注意と報告の積み重ねが、重大事故の未然防止に寄与していることを示しています。
「報告は自分や仲間を守る行為」という意識が院内に広く浸透しており、安全文化の中核として機能しています。
2-2. 医療安全文化調査に基づく取組み
当センターでは、医療の安全性と質の向上を図るため、毎年、職員を対象に「医療安全文化調査」を実施しています。
この調査は、職員の安全意識や報告行動、組織文化を定点的に把握し、必要な改善策を検討・実行することを目的としています。
【図2】 医療安全文化調査における肯定的回答割合の推移(2021〜2024年度)
図2は、2021年度から2024年度にかけての肯定的回答(=「そう思う」「どちらかといえばそう思う」)の割合を項目ごとに示したものです。
全体的に年々改善傾向が見られる項目が多い一方で、依然として改善の余地がある領域も確認されています。
調査結果から見える傾向と課題
調査の結果からは、以下のような注目すべき傾向が確認されました。
改善が見られた項目:(図内※印)
・ 出来事の報告される頻度
・ 上司の医療安全に対する態度や行動
・ エラー後のフィードバック
・ 仕事の引き継ぎや患者さんの移動に関する連携
これらは、多職種による連携の推進や定期的な安全研修の成果と考えられます。
今後の取組み方針
当センターでは、医療安全文化のさらなる成熟に向け、以下のような施策を進めてまいります。
・ 誰もが安心してインシデントを報告できる環境づくりの継続
・ エラー報告後の対応における非懲罰性の明確化と、職員への周知・研修の徹底
・ 引き継ぎや患者移動時の安全対策として、部署間のカンファレンスや標準プロトコルの整備・運用強化
今後も定期的な調査を通じて、職員の声を反映しながら、患者さんにとっても、職員にとっても安全で信頼できる医療環境の実現を目指してまいります。
3.医療安全・渉外対策部の設置と役割
医療安全はすべての医療提供の基盤であり、その推進には明確な組織体制と多職種連携が欠かせません。当センターでは、医療安全を組織的・横断的に推進するため、「医療安全・渉外対策部」を設置しています。
本部門は以下の3つの組織で構成されており、それぞれが専門性を活かして連携しています。
医療安全管理室
渉外対策・保安支援室
高難度新規医療技術評価室
医療安全管理室には、医師、看護師、薬剤師、臨床工学技士、事務職員など、複数の職種が参画し、多職種による医療安全の体制づくりに取り組んでいます。渉外対策・保安支援室および高難度新規医療技術評価室にも、必要な専任職員・兼務者が配置され、それぞれの分野での専門的対応を担っています。
本部門では、日常診療から高度医療に至るまで、安全管理体制を包括的に支援し、医療現場の実態に即した柔軟かつ実践的な安全文化の醸成を目指しています。
4.医療安全管理室の主な活動内容
医療安全管理室では、主に以下の活動を行っています。
・インシデント報告の収集・分析
・再発防止策の検討および現場へのフィードバック
・定期的な院内安全巡視(ラウンド)
・医療安全研修・講演会の企画・実施
・医療安全新聞等による情報共有
これらの活動を通じて、全職員が医療安全について学び続ける環境づくりを進めています。
5.具体的な医療事故防止対策

① 患者誤認防止
・バーコード認証システムの活用
・氏名・生年月日の確認
安全確保のため、患者さんご自身にお名前を名乗っていただく場面があります。
② 手術の安全管理
・術前説明・術前訪問
・手術部位マーキング
・手術開始前のチーム確認(タイムアウト)
③ 薬物療法・輸血の安全
・複数人による確認
・抗がん薬など高リスク薬剤の厳重管理
・システムによる照合
④ 転倒・転落防止
・入院時のリスク評価
・状況に応じた個別対策の実施
6.医療事故が発生した場合の対応
万が一、医療事故が発生した場合には、
① 患者さんの生命と安全を最優先に対応します
② 事実を隠さず、分かりやすく説明します
③ 原因が未確定な場合も、現時点での状況を説明し、判明次第あらためて説明します
状況に応じて、第三者的視点を含めた検証や、院内外の専門機関と連携した対応を行います。
当センターでは、
誠実な説明と対話こそが信頼回復の第一歩であると考えています。
7.情報公開と患者さんの権利
当センターでは、
・診療情報の開示
・インフォームド・コンセントの徹底
を通じて、患者さんの権利を尊重しています。
インフォームド・コンセントは、単なる「同意書への署名」ではなく、
8-1. 患者参加型医療安全の推進
医療安全は、医療者だけで完結するものではありません。
・気になることを遠慮なく伝える
・分からないことを質問する
・説明内容を確認する
患者さん・ご家族と医療者が協働することで、医療安全はより確かなものになります。
当センターでは、患者参加型医療安全の考え方を大切にし、患者さんとともに安全な医療をつくることを目指しています。
8-2. DX・AI時代の医療安全
近年、電子カルテや医療情報システム、さらにはAI(人工知能)を活用した診療支援技術の導入が進んでいます。
これらの技術は、医療の質や効率を高める一方で、新たな医療安全上のリスクを生じさせる可能性も併せ持っています。
当センターでは、
・システムに依存しすぎないこと
・表示や提案を鵜呑みにせず、医療者自身が判断すること
・最終的な責任は医療者が担うこと
を明確にしたうえで、DX・AI技術を安全に活用する体制づくりを進めています。
私たちは、技術の進歩と人の判断力を両立させる医療安全を目指し、DX・AI時代においても「人が中心となる医療」を大切にしています。