Vol.28  No.10 2009 


学会用語が乱れている

産科婦人科学教授 松 原 茂 樹

  最近気になる事がある。学会での作法がおかしい。学会発表で使われることばがおかしい。
 医学にかぎらず、研究発表では、守るべき「決まり=作法」がある。最初のスライドでは、3つを述べる。まずわかっていること(known)、次に分かっていないこと(unknown)、そして明らかにしようとしたこと(problem)を順番に述べる。known,unknown,problem。3段論法である。そして発表の一番最後に、problemへの解答(answer)を「ぱちん」と述べてやる。これをやるのが決まりで、聴衆はカンファタブルになる。発表内容是非の吟味はその後での話である。
 「次のスライドは臨床経過図になります」。日本語がおかしい。もちろん、「次のスライドには臨床経過図が示されますよ」の意味だが、やはりおかしい。「しばらく待っている間に臨床経過図がじわーと浮き上がってきますよ」という日本語表現である。レストランでウェイトレスが「焼き肉定食です」と云わないで、わざわざ「焼き肉定食になります」と云う。「一見焼き魚にも見えるけど、待機すれば焼き肉になる、そんな定食です」。あの珍妙日本語に影響されているのだろう。やはり日本語が変だ。
 原稿を棒読みするヒト、原稿を読まないまでも、話す内容を丸暗記して話しているヒト。聴衆に語りかけるように、自分の言葉で話さないからわかりにくい。はじめのうちは我慢して意味内容を類推しながら聞いている。が、だんだん腹がたってくる。「正しい日本語で、聴衆の目を見て、わかりやすく語りかけてくれ、俺はわざわざ栃木から聞きに来ているんだ」。
 最初のスライドを見て、30秒位発表を聞けば、傾聴すべき発表かどうかおおよその見当がつくようになった。充分な指導を受けないで、度胸試しで学会発表しにきたヒトなんだろう。と、思ったら、そこの教授も「なります」表現を使い、「私的(わたくしてき)には」と云っていた。教室内でいつもこのような表現を使って議論しているのかな、と思ったとたん、その教室からのデータの信憑性に対して一抹の不安をいだくようになった。
 正しい日本語を使って、自分のことばで語りかけ、3段論法を踏んで最終スライドで解答(answer)を「ぱちん」と与えてくれたヒトには、もうそれだけで拍手をしたくなる。たとえ、自論と異なった見解が述べられていたにしても、そうである。「おー、云いたいことがよーくわかったぜ」。
 大物教授の特別講演などでは、わざと3段論法を踏まないで、わざわざ江戸弁を使って、拍手喝采、ということも多々ある。3段論法の単調さを避け、杓子定規な日本語からわざと逸脱させて、ここ一番にパンチを利かせているのである。「作法」はずれの高等テクニックを使っているのである。大物になるまではまねをしてはいけないと思う。
 流暢な英語なんて話せなくてもいい。英語の手前で、まずは日本語である。雄弁でなくてもいいから、ごく普通の正しい日本語を使うのが良い。これは、学会発表だけでなく、日々の会議やカンファレンス、さらに患者さんとの会話にも通じることだろう。言語は重要である。医療においてはなおさらである。

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