Vol.28  No.6 2009 


とちぎ子ども医療センター
小児手術・集中治療部准教授  多 賀 直 行

  今年もまた、夏がやってくる。栃木に赴任してきてから5回目の夏である。前任地の岡山では、夏はひたすら暑く、晴天の日が多かった。少し霞がかかったような青色の空からの日差しは、瀬戸の夕凪とあいまって、「油照り」という言葉を実感させてくれたものだった。私の最も愛する趣味である釣りをするには、日中は少々過酷で、釣り道具を担いで日没前後の海辺をうろついたものだった。
 栃木に赴任して最初の夏が来て、何よりも困ったのが、良い釣り場を探すことだった。日立港周辺から那珂湊、大洗、磯崎まで何回か足を運んで釣り場を探したが、何がどこで釣れるのか、わずかな情報しかないままに波止場などをうろついても、たいしたものが釣れるわけもなかった。まるっきり坊主の時もあれば、尾頭付きでお椀に入りそうなちびメバル1匹しか釣れなかったり、土砂降りの雷雨にずぶぬれになったりと、なかなか釣果に恵まれなかった。
  そんな時に、栃木の那珂川のアユ釣りの話を聞いてしまった。岡山にいた当時は海に通い詰めていたので、川に入ろうとは全く思ってもいなかったのだが、良い釣りに飢えていた私には、那珂川の恵まれた自然の中でする友釣りの風景は、非常に魅力的であった。深緑の山あいを流れる川、水の輝き、夏の青空、風、夕立、と子供のころの夏のイメージそのものの中でする釣りにとても魅かれた。
  2年目の初夏、アユ釣りを始める決意を固め、ウェーダーその他一式を揃え、某釣り具メーカーの主催するアユ釣り初心者講習会に参加した。その時の経験は、まさしく新鮮で忘れがたいものであった。これまでの海釣りの経験とは全く異なり、9mの長さの竿や、海で使用していた糸よりも一桁号数の小さい細糸を扱うことがこれほど難しいとは思わなかった。そして「おとり」を扱うということは、私の想像を超えていた。私を指導してくれたベテランのアユ釣り師さんは、おとりが順調に泳いでいるかどうかはもちろん、おとりの近くに野アユが居るか居ないかまで判るという。それこそ目をつむっていても、手に伝わる感覚だけでおとりを操って野アユを掛けられると言うのだ。その先生の指導のもと、私も竿を出したが、全くおとりの状態などわからず、野アユもちっともかからなかった。初めてだから当然と言えば当然の結果なのだが、指導を受けるうちに彼我の違いにさらに驚かされることになった。私としては先生の言う通りに竿を操っているつもりでも、当然の如く野アユはかからない。しかし先生に竿を渡し、彼がほんの少し竿の角度や糸の張りを調整して、私に「このままの状態で動かさないように竿を持っていて!」と渡してくれた竿をそのまま持っていると、野アユが掛かるのである。自分でやっても掛からないが、彼がほんの少し竿を持って動かしてから私に渡してくれると野アユが掛かる。この繰り返しが続いた。
  海釣りの場合、特に波止場や砂浜では、餌と仕掛けと釣り場が大外れでない限り、それなりの釣果を上げられる。情報が大切ということで、日立港界隈で釣果が上げられなかったのは、情報不足が決定的だったと思われる。ところが、魚がちゃんといる釣り場で、仕掛けも餌(おとり)も同じで、上手い人は釣れるのに自分は魚を全く釣り上げられないと言う経験は、かなりの衝撃だった。これまでのような見よう見まねで楽しんできた釣りとは、明らかに次元の違う釣りだった。そして、この日から私の那珂川通いが始まった。
  アユ釣りを始めたこの年は、釣果0どころかマイナス3と言う日もちょくちょくあった。マイナス3とは、おとり屋さんで買ったおとりアユ3匹すべてを流してしまったり逃がしてしまったり、と言うことである。川に入っても入ってもなかなかアユが釣れない日が続いたが、ついに初めて自分ひとりで掛けたアユを取り込んだときは感動した。晩秋の夜の波止場で、1mオーバーの太刀魚を釣り上げて、その青銀色に輝く魚体を見た時と同じ位感動した。
  3年目の夏には、それなりにアユを掛けられるようになってきたが、どうしても「つ抜け」できなかった。「つ抜け」とは、釣り用語で10匹以上釣りあげることで、「ひとつ」「ふたつ」…と9までは「つ」がつくけれど、10は「とお」で「つ」がつかなくなるからと言われている。「つ抜け」めざして那珂川をあちこち釣り歩いたが、アユが釣れないどころか、自分が川に流されてしまった。怪我もなく、命に別条なく無事に岸に這い上がれたのだが、命の次に大事なアユ竿を流してしまった。しかし、そのぐらいのことではアユ釣りを止めることができない程のアユ中毒になっていたため、家内に内緒で新しいアユ竿をすぐさま買ったのは、言うまでもない。新しい竿にもかかわらず、どうしても「つ抜け」できず、釣果が上がらないのは自分の腕のせいだと言うことを改めて確認して、3年目のシーズンが終わった。
  4年目の夏、出だしは不調だったが、某釣り具メーカーの初心者講習会に参加し、そこで知り合ったお師匠様に教えを請い、ついに「つ抜け」を達成できた。それどころか、順調に釣果が上がるようになり、4年目のシーズンは通算140匹のアユを手にすることができた。これは釣りに限ったことではないと思うが、やはり、上手な人の指導を受けることが上達への早道なのであろう。140匹も釣れると、干物や燻製など塩焼き以外の料理のバリエーションも増え、冷凍庫の在庫も結構な量になり、毎日冷凍庫を覗くのが楽しかった。
 そしてまた夏が来る。5回目の夏である。快晴、曇天、強風、雷雨、炎暑、驟雨。様々に変わる天気の下で、今年の那珂川は、どんな姿を見せてくれるのだろうか。40歳過ぎてから始めたアユ釣りに、ここまでのめり込むとは全く想像しなかったが、栃木に来て、岡山とは全く異なる夏を知ることができたのは、本当に幸運だと思う。これからもこの幸運に感謝し、那珂川の恵みを享受できるよう祈りたい。

写真:この春の日立沖での獲物


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