自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その12 同窓会報第67号(2014年1月1日発行)




「僻地医療での臨床研究」

   kojyo       丸山貴也 (三重県24期) 国立病院機構三重病院呼吸器内科

 自治医大同窓会報、毎回楽しく読ませていただいています。第11話を担当された見坂先生と感染症専門医試験の会場で偶然お会いし、今回、執筆の機会をいただきました。同僚にも伝えていないこっそり受験で、「試験に落ちたら、また来年~」などと呑気に構えていただけに、まさかの先輩との遭遇。「まずいな、落ちたらどういう言い訳をしようか」と焦っていたところへ追い打ちをかけるかのような今回の執筆依頼。私の試験結果については、まあ後ほど...。
 さて、自治医科大学を卒業して早いもので13年が経ちました。義務年限の最終9年目に始めた肺炎の臨床研究の結果が今年、Clinical Infectious Diseases(CID)という米国感染症学会(IDSA)の機関誌に掲載され、ようやく僻地での義務を果たせた気分です。三重県は南北に長い県で、北部には医師が多いのですが、南部の山間部と海沿いが医師不足の僻地です。私は、僻地の中規模病院から常勤医2人の二次救急病院、1人診療所まで色々な職場を経験しましたが、その間に3つの呼吸器感染症の前方視研究(肺炎のコホート研究を2つと、肺炎球菌ワクチンの無作為化比較試験を1つ)を行いました。
 卒後2年間は県立病院で初期研修をしたのですが、お世話になっていた呼吸器内科の指導医が「田舎の病院に行くのなら、高齢者が多いから、肺炎の症例を集めるだけでも良い研究ができるよ」と話していたことが、今振り返ると、臨床研究を始めたきっかけのように思います。卒後3年目に赴任した病院はとても忙しく日常診療に追われる毎日でしたが、まずは病院内に入院している肺炎患者のデータを後方視的に調査してみました。その結果、1年間に約300例の入院症例があり、平均年齢は75歳を超えていることがわかりました。当時、高齢者肺炎のデータはほとんどなかったため、1年間、前向きに症例を集められれば、何らかの研究成果が得られることは明らかでした。そこで、当時の上司と相談して、その病院に入院するすべての肺炎を前方視的に集め始めました。何とか研究を開始したものの、初めて手掛けた臨床研究だったこともあり、データ収集、解析、論文執筆、どれもとても苦労しましたが、何とかRespiratory Medicineに2報、掲載されました。その研究の中で、次の研究のヒントが2つ見つかりました。1つ目は、高齢者施設で発症する肺炎では、肺炎球菌性肺炎の頻度が非常に高いことです。そこで、卒後6年目に高齢者施設の入所者を対象に23価肺炎球菌ワクチンの無作為化比較試験を開始しました。今や1000以上の自治体(全体の半数以上)が公費助成を導入し、呼吸器学会と感染症学会がインフルエンザワクチンとの併用接種を推奨しています。さらには大御所俳優の西田敏行さんがテレビCMで宣伝し、お茶の間にも浸透してきましたが、研究を開始した2006年当時はほとんど知られておらず、公費助成を導入している自治体はたったの9か所、日本全体の接種率は1%台という状況でした。私も、今でこそ、このワクチンの講演をしたり、原稿を書かせていただいたりしていますが、この研究を始める前は、実はあまり知らなかったというのが本音です。僻地診療所での勤務の傍ら、 行政と地元、三重大学の協力をいただきながら、三重県内の23の高齢者施設に長期入所中の1006例を対象に、23価肺炎球菌ワクチンの二重盲検無作為化比較試験を行いました。その結果、肺炎球菌性肺炎を63.8%, 肺炎全体を44.8%抑制し、 肺炎球菌性肺炎による死亡率を抑制するという良好な予防効果が初めて証明され、これらの結果はBMJへ掲載されました。
 2つ目のヒントは、我々の研究結果が米国胸部疾患学会(ATS)と米国感染症学会(IDSA)のガイドラインに合致しないということでした。その内容をサンフランシスコで行われたATSで発表したところ、ATS/IDSAガイドラインの作成者であるNiederman先生が論文を共同執筆してくれることになったのです。その経緯で卒後8年目の後期研修中に、短期間でしたが、ニューヨークへ留学する機会を得ました。その際に、新しい肺炎の治療アルゴリズムが有効かどうかを評価する研究計画を指導してもらい、これを帰国後の卒後9年目に開始。4年もかかってしまいましたが、何とか今年、めでたくCIDへ掲載されました。
 義務年限中に行った研究はBMJ, CID, Journal of Infection, Respir Med 2編に掲載され、何とか全て形として残せましたので、この同窓会報を通じてご協力いただきました関係者の方々に報告する共に、心からお礼申し上げます。
 一般的にIFが高い医学誌に掲載される研究ほど、大変で複雑なことをしているように思われがちですが、私の場合は全く逆で、Respir Medに掲載された最初の研究が一番大変でした。研究自体は1年で終わったのですが、データ収集、解析や論文執筆に手間取り、掲載までに5年も費やしてしまいました。一方、BMJに掲載された研究は、同意書を取得し、症例を組み入れて研究開始にこぎつけるまでは大変でしたが、2つ目の臨床試験ということで研究の進め方にもだいぶ慣れていたため、研究開始から論文掲載までは最もスムーズに進みました。
 研究に限ったことではありませんが、新しく何かを始めるとき、最初の一歩がとても大変です。しかし、趣味やスポーツの世界と同じで、興味が出はじめると、より深く追求したくなり、新しいことを開発したくなります。また、誰もやっていないことを実行して形にすることは、大変ですが、とても刺激的でやりがいがあります。僻地診療は医師が少ないため、日常臨床に忙殺されますが、実は自分の考えに従って自由に仕事ができる環境なのかもしれません。私は9年間の義務年限の中で、2年の初期研修と2年の後期研修をいただき、専門施設で勤務しました。しかし、実際に研究を行えたのは、それ以外の5年間、僻地診療の時期でした。まさに今、僻地診療に従事している後輩の先生方、忙しい日常臨床の合間をみて、興味のある分野のデータを少し探ってみてください。お宝は意外と足元に転がっているかもしれませんよ。
 ちなみに専門医試験、落ちていたら気まずいので、今回の執筆からは逃げようと思っていたのですが...。何とか合格でした。

(次号は、福島県立医科大学医療-産業トランスレーショナルリサーチセンター動物実験分野兼医学部整形外科学講座 箱﨑道之先生(福島県23期)の予定です)

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