“Projection of an Immunological Self Shadow Within the Thymus by the Aire Protein”
というタイトルのこの論文は2002年にScience誌に掲載されました。
まずタイトルが格好良いですね。直訳すると「Aireタンパクにより胸腺の中に免疫学的な自己が投影される」とでもなりますか。Shadowとかprojectionなどという言葉は生物の論文ではあまり見ない言葉だと思います。
ことはじめ(1)で述べたように、T細胞は自身(self)を攻撃しないように胸腺で教育を受けています。selfを攻撃するような細胞はこの教育の過程で排除されます。自己のタンパクを攻撃するかどうかを判断するためには、T細胞に自己タンパクを実際に作って「見せる」必要があります。そのために胸腺の細胞は自己のタンパクを全種類作る能力があると考えられます。
たとえばインスリンのように、通常膵臓でしか作られないようなタンパクについても、教育のためには胸腺で(少量で良いのでしょうが)作られる必要があります。そうでないと、インスリンを非自己と認識するようなT細胞が排除されずに末梢に出てきてしまい、インスリンの働きを阻害するような免疫応答が起きかねません。具体的にはT細胞とB細胞が協力し合って、「抗インスリン抗体」ができてしまうかもしれません。そうなったら糖尿病になってしまいます。
この論文の筆者らは、Aireによって多様なタンパク(の一部)が胸腺で作られる、ということを主張したのです。免疫学の重要な仮説に切り込むような論文です。
しかし、正直なことを言うと当時この論文を見たときに、(16)で書いたような「エウレカ!」という気にはなりませんでした。APECEDは遺伝性疾患であるわけですが、同じ家系の患者さんでもかなり症状は違うようです。また発症のタイミングも様々なようです。この論文のような本質的な部分に問題が起きるのであれば、もっと幼少期から、もっと強い症状が出るのではないでしょうか? 実際、Tregの機能異常であるIPEXの場合は幼少時から強い症状が出るようです。
ストーリーとしては派手で面白いのですが、この頃になると私もスレてきており、読んだ論文をすぐには信じないようになっていました。自分で確認したことしか本当には信じられなくなっていたのです。そしてもう1つ、重要なことに気づいていました。
それは自分がまだ、「基礎的な研究を満足するほどやり足りていない」ということです。
佐藤 浩二郎
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