IL-6刺激の影響がStat3KOで消失しない謎、それはちょっと調べてみたらすぐに分かりました。ネットサーフィンで大阪市立大学の免疫制御学のホームページに行き当たり、IL-6刺激からc-Fos活性化のシェーマを見てみると、「あれ?c-Fos活性化にStat3が関わっていない?」 JAKの下はSTATと単純に思いこんでいたのですが、実はMEK5, ERK5の経路つまりMAPキナーゼカスケードの一つを介してc-Fosの核移行を促進しているようなのです。遺伝子改変マウスを供与してもらうくらいなら、それくらい調べておくべきだった、と頭を抱える羽目になったのですが、時すでに遅し。ただ、このパスウェイもJAKには依存しているようなので、JAK阻害薬を利用することはできそうです。当時関節リウマチの治療にJAK阻害薬(tofacitinib)が認可されたばかりでした。それが試薬としても発売されていることに気づき、早速IL-6 + TNFの実験系にふりかけました。今度は予想通りTRAP陽性多核細胞ができずにホッと安心。

重要なことに、2011年に慶応のグループが、RANKLによる破骨細胞分化はtofacitinib (当時はCP690,550というコード名)では抑制されない、ということを報告していました(Mori et al., Int Immunol.)。なぜこれが大事かというと、破骨細胞分化はかなりデリケートなので、どんな阻害薬でも過剰に加えてやれば分化を抑制する可能性が高いのです。やったことはありませんが、多分ただの塩でもたくさん加えてやれば(用量依存性に!)破骨細胞はできなくなると思います(加え過ぎればそもそも細胞が死んでしまうでしょうが・・・)。だから、RANKLによる「通常の」破骨細胞分化をtofacitinibは阻害しないが、IL-6 + TNFによる破骨細胞分化の方は同じレベル(濃度)のtofacitinibが阻害する、というのは両細胞の違いを示す重要なデータだと考えたのです。更に、MEKの阻害薬も「RANKLによる破骨細胞分化を抑制しない濃度で」IL-6 + TNFによる破骨細胞分化を用量依存性に阻害することができました。対照実験の重要性を示す例だと思います。

色々反省点もあったプロジェクトでしたが、2013年の5月終わりに投稿し、1回の改定を経て9月終わりにArthritis and Rheumatologyへの掲載が決まりました(これは元々Arthritis and Rheumatismという名前のアメリカリウマチ学会の学会誌で、歴史もあるのですがちょうど雑誌名が切り替わるタイミングでした)。嬉しいことにIL-6 + TNFで分化させたTRAP陽性多核細胞の写真が雑誌の表紙を飾ることになりました。JEM, Nat Medに続いて3回目です。破骨細胞は”photogenic”であることを再認識しました。当時「ばえる」という言葉は多分まだ使われておらず、今調べたところ2018年に三省堂の「今年の新語」大賞を受賞しています。

佐藤 浩二郎

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