話を元に戻すと、今回解きたい問題は、破骨細胞を誘導できるような TNF + XのXは何か? というものでした。我々の結論はX = IL-6だったのですが、IL-1やTGF-βも解の候補ということになります。「解無し(不能)」の可能性もあったのですが、実際には解が複数ということでこの問題は「不定」だった、ということでしょう。

もちろんこれは数学の問題ではないのですが、一種の「逆問題」であるとは思います。逆問題の一番簡単な例はつるかめ算でしょう。頭の数と脚の数の合計から元々の鶴と亀の頭数を求めるものですね。これは小学生でも解ける簡単な算数ですが、もし頭や脚の数を数え損ねていたらたちまち難問になるかもしれません。何しろ観測値には誤差がつきものですから・・・。

 医学の世界で逆問題の典型例はやっぱりCTでしょう。X線照射装置と検出装置が身体の周りをぐるんと回るだけで身体の断面図が描かれる。これは巨大なつるかめ算を解いているようなものです。Wikiによると1971年頃は撮影に5分以上かかり、計算に2.5時間かかっていたらしいです(大変だ・・・)。しかし医学の世界で我々が毎日やっていることも一種の逆問題だと思います。患者の症状・所見や検査値から元々の疾患を割り出している訳です。CTのように数学的にしっかりした方法論が使えるわけではないので、経過中に診断名が変わってくるということもありますし、難問も多いですね。

 逆問題についての面白い読み物として「逆問題の考え方 結果から原因を探る数学」(上村豊著・ブルーバックス)があります。ちょっと文章のクセが強い気もしますが、なるほどな、と思わされました。この本の中にもつるかめ算は出てきます。しかし「づるかめ算」となっています。その理由は読むと分かります。解の安定性、ということに関係があるようです。非適切 (ill-posed, あえて不適切とは区別しているのでしょう) な問題に対して解を得る手法が説明されています。臨床推論なんて非適切問題ばかりだと感じます。

 そもそもIL-6を試すきっかけになったc-Fosについてですが、仮説が正しければ活性型のc-Fosを破骨細胞前駆細胞に強制発現することで、IL-6無しでもTNFだけで破骨細胞を誘導することができるはずです。以前の研究で使ったc-Fosのレトロウイルスベクターを持っていたため強制発現実験をしてみましたが、期待とは異なり多核細胞はできませんでした。そもそも仮説が間違っていたのかもしれませんし、IL-6はc-Fosの活性化以外にも何かしていたのかもしれません。しかし、スクリーニングの対象として無限の可能性があった時に、c-Fosを活性化する液性因子に注目することでかなりやる気が出たのは確かです。そういう「根拠」が全く無ければプロジェクトに挑戦できたかどうかは疑問です。

佐藤 浩二郎

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