筆者が大学で免疫学の講義を受け始めた頃、免疫研究の対象は獲得免疫系が主体でした。獲得免疫系の特徴は「鍵と鍵穴」の関係で例えられる特異性と多様性、そして「二度無し現象」と表現される免疫記憶にあります。

免疫系は精巧なスーパーシステムであり、どんな異物(=抗原)が体内に侵入して来ても対応することが(ほぼ)可能です。それにも関わらず、免疫系は自分自身
(自己/self)を攻撃してはいけないという強い制限があります。このような離れ業を免疫はどのように実現するのでしょうか。

多様性に関しては免疫担当細胞であるT細胞やB細胞で「遺伝子組み換え」と呼ばれる遺伝子の切り貼りが行われることで実現します。遺伝子が勝手に組み変わることなどないと考えられていた1976年、利根川進先生が発表した論文はB細胞の遺伝子組換えを証明したセンセーショナルなものでした。利根川先生はその業績で1987年のノーベル賞
(医学・生理学賞)を受賞されています。

そしてselfを攻撃しない、という点についてはT細胞なら胸腺、B細胞なら骨髄において「教育」が行われることで解決しています。selfを攻撃するような細胞はこの教育の課程で排除されます。すなわち細胞死に陥ります。この教育(選択/selection)は厳しいもので、胸腺においては99%のT細胞が死に至るそうです。

中国の戦国時代の兵法家、孫子の教えに「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」というものがあります。免疫系は、予め敵を知るということはできません。その代わり、徹底的に己を知ることに力を傾けます。それがselectionの過程です。自己でなければ非自己(non-self)と見なし、攻撃をかけるシステムになっているのです。

敵を直接知っている訳ではないので、百戦危うからずというわけにはいきません。また、実際には自己への攻撃を完全に防ぐということもできません。しかしこのシステムにいたく感心した筆者は、免疫のことをもっと深く知りたい、研究したいと考えるようになりました。

 佐藤 浩二郎

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