破骨細胞分化におけるNfatc1 short formの役割についてはある程度知見が得られましたが、こういう結果はどのような雑誌に投稿すべきでしょうか。このノックアウト(KO)マウスは破骨細胞の機能異常で通常見られるような大理石骨病を発症する前、胎仔期に死んでしまうわけです。骨形態計測のような普段よく使われる解析方法が使えません。骨の専門誌ではなく、一般誌に分類されるだろうScientific Reportsに投稿したところ、紆余曲折はありましたがアクセプトにこぎつけました。一番腹がたったreviewer commentは「KOマウスの細胞のウェスタンブロットでshort formのバンドが消失していることを統計学的に示せ」というものでした。ノックアウトマウスなのでタンパクレベルの発現はall or noneなのです。もちろん部分的な減少があるかどうかを示すのであれば、統計解析も有用かもしれませんが、all or noneの結果であれば「再現性がある」ことを示せばこと足りるはずです。それに胎仔から造血幹細胞を採取して試験管内で増やし、ウェスタンブロットをするのが、1回だけ行う場合でもどれほど大変なことか・・・
これが1回論文を改定(revise)して再提出した後の2回目の返事として戻ってきたため、気の短いところのある私は半ば切れてしまい、論文自体は何も直さず編集長への手紙に反論だけ書いて送り返しました。「我々は今回論文をこれ以上変更することで何かが改善するとは思えないので変更せず送り返す。もし具体的で建設的なコメントがあれば喜んで論文を修正する。」などと書き連ねたのです。普通はそんなことしないのですが・・・(まあ3人の査読者の内2人までがアクセプトで良い、という回答であったために強気に出たという面もあります)。その3日後に編集部からアクセプトの返事が来ました。
時々意地悪だなと思う査読者に当たることがあります。あまりに理不尽だと思ったらきちんと反論する(rebuttal)することも必要だと思います。
ちょっと驚いたのは、論文が公開されて10日後くらいにEdgar Serflingからメールが届いたことです。Nfatc1 short formについてT細胞を用いて初めて詳しく調べた研究者です。この分野では権威と言えるでしょう。彼は(昔私が共著の論文を書いていたことなど忘れていると思いますが)今回の論文が出た直後に気づいて読んでいたのです。大御所であっても関連論文のチェックは怠っていないわけです。そして私達の論文を見つけて「我々は今、Nfatc1についてこのようなプロジェクトをやっている」と最新論文のPDFを添付してくれました。単にプレッシャーをかけるためかもしれませんが(笑)。私自身は(臨床業務に追われているという言い訳もありますが)そこまで関連論文を頻繁にチェックできていません。少し反省したのですが、それが「少し」に留まったことが後に大きな失敗につながりました。とにかく言い訳をしているとろくなことにならないのです。この失敗についてはいつか記しておこうと思います。
佐藤 浩二郎
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