抗加齢医学研究部では、以下の2つのテーマに取り組んでいます。

【テーマ1】 リンと老化

私たちは、「リン」が脊椎動物に特有な老化加速因子であることを発見しました。リンは、生命に必須の6大元素(水素、炭素、窒素、酸素、硫黄、リン)の一つであり、細胞膜や核酸の構成成分として、また細胞のエネルギー通貨であるATPやリン酸化による細胞内シグナル伝達の機能分子として、さまざまな生命現象に関わっています。さらに脊椎動物では、リン酸カルシウムの形で骨に大量に蓄えられています。

FGF23-αKlotho内分泌系

脊椎動物においてリン恒常性を維持しているのがFGF23-aKlotho内分泌系です。リンを摂取すると骨からFGF23というホルモンが分泌されます。私たちは、FGF23の受容体がαKlotho蛋白とFGF受容体(FGFR1c, FGFR3c, FGFR4)の複合体であることを発見しました。FGF23が腎臓に発現するαKlotho-FGFR複合体に結合すると、尿中リン排泄量が増えます。つまりFGF23-aKlotho内分泌系は、リン摂取量とリン排泄量が等しくなるように調節し、リン恒常性の維持に必須の役割を果たしています。

リンが老化を加速する

腎機能が極度に低下して腎不全になると、摂取したリンを排泄しきれなくなり、リン恒常性が破綻して体にリンが貯留し、細胞外液中のリン濃度が上昇します。すると血中に不溶性のリン酸カルシウムが析出し、血清蛋白と結合してCPP(Calciprotein paritcle)というコロイド粒子が形成されます。CPPは動脈硬化や慢性炎症を誘導し、老化を加速する原因になります。実際、腎不全で血液透析を受けている患者には老化が加速したような症状が現れます。そこで私たちは、血液透析回路に接続して血中からCPPを除去する「CPP吸着カラム」を開発しました。間もなく臨床治験を開始する予定にしています。成功すれば、透析医療が大きく変わる可能性があります。

リンを摂り過ぎると腎臓が悪くなる

腎機能が保たれている人がリンを過剰に摂取すると、FGF23が上昇して尿中リン排泄量が増えるため、血中リン濃度は上昇しませんが、尿中リン濃度は上昇します。すると尿中にCPPが出現し、腎臓の老化が加速します。つまり「リンを摂り過ぎると腎臓が悪くなる」のですが、この事実はほどんど認識されていません。そこで私たちは、リン制限の個別化医療のための「老化腎治療アルゴリズム」を構築しました。これは、食事療法・運動療法・薬物療法を組み合わせ、ネフロンあたりのリン排泄負荷を示すバイオマーカーで治療効果を評価するサイクルを繰り返し、各個人に最適な処方へ収束させるアルゴリズムです。これをヒトや動物に適用し、腎臓の老化が治療可能であることを証明します。そして「ナトリウムの摂り過ぎは血圧を上げる」という事実が常識となったように、「リンを摂り過ぎると腎臓が悪くなる」という事実を世の常識とし、人類の健康と福祉に貢献することを目指します。

【テーマ2】 老化を制御するホルモン

FGF21-βKlotho内分泌系

ホルモンとして機能するFGFは、FGF23の他にFGF21とFGF19があります。FGF21の受容体はβKlothoとFGFR1cの複合体です。βKlothoはαKlothoと相同性のある蛋白で、αKlothoと同様、FGF受容体と複合体を形成する性質があります。FGF21は、空腹時に肝臓から分泌され、脂肪組織に発現するβKlotho-FGFR1c複合体に結合すると、脂肪分解などの空腹時の代謝変化を誘導します。また、FGF21は脳血管関門を通過し、視交叉上核に発現するβKlotho-FGFR1c複合体に結合すると、交感神経系や視床下部-下垂体-副腎系を活性化し、ストレス応答を誘導します。そして、FGF21を過剰発現するトランスジェニックマウスは寿命が著しく延長します。つまり、FGF21は「老化抑制ホルモン」と考えられます。

FGF19-βKlotho内分泌系

FGF19は、摂食時に小腸から分泌され、肝臓に発現するβKlotho-FGFR4複合体に結合すると、胆汁酸の合成抑制や蛋白の合成亢進などの摂食時の代謝変化を誘導します。空腹時の代謝変化を誘導するFGF21とは逆の作用があるFGF19ですが、老化との関係は今のところ明らかになっていません。しかし、胆汁酸が腸内細菌叢に強い影響を与えることや、腸内細菌叢の変化が加齢性疾患のリスクと関連することを考えると、FGF19も老化に影響を及ぼすホルモンである可能性があり、今後の研究課題として重要と考えています。

FGF-Klotho内分泌系を治療標的とした新たな抗加齢医学

3つの内分泌FGFと2つのKlothoで構成されるFGF-Klotho内分泌系は、脊椎動物に特有の内分泌系であり、哺乳類の老化に深く関わっていることが明らかになりました。私たちの研究部では、FGF-Klotho内分泌系を治療標的に据えることで、これまでの老化研究では想像できなかったような独自の抗加齢医学の開拓を目指しています。