なぜM-CSFとRANKLの役割が分かったことで破骨細胞研究が加速するのか。それは、これまで試験管内でも、破骨細胞分化を助ける細胞が無ければ破骨細胞を作ることができなかったからです。できあがった破骨細胞は、骨芽細胞やストローマ細胞と混在しており、それらを分けることは困難です。破骨細胞はプレートに強固にくっついており、剥がすとすぐに死んでしまいます。より分ける時間もありません。

しかし、M-CSFとRANKLを使うと、かなり純粋な破骨細胞を手に入れることができます。マウスの骨髄細胞を、まずM-CSFの存在下で2日間培養すると、残るのはほぼ単球系の細胞のみです(その他の細胞は、培養液の交換により除去されてしまいます)。更にM-CSFとRANKL入りの培養液を加えて3日間培養すると、最後の1日くらいで急激に細胞同士が融合して多核の巨大細胞が得られます。この細胞をすりつぶして解析することで、破骨細胞分化の過程におけるタンパクやRNAの増減が正確に分かるようになりました。

その培養法の威力をまざまざと見せつけたのが、TH先生が行ったトランスクリプトーム解析でした。当時mRNAの網羅的解析に使われていたのはマイクロアレイという手法がメインでした。表面に何万種類もの核酸配列をスポットしてある小さなチップで、そこに検体の核酸を載せて相補性の高い核酸がお互いにくっつく、という性質を利用して核酸の定量を行います。今でもマイクロアレイは残っていますが、今は「次世代シーケンサー」を利用して一気に配列を読み取ってしまう、というRNA-seqというやり方の方が多くなっているかもしれません。更に、最近は1つの細胞に含まれているRNAを抽出して、それを網羅的に解析するシングルセル解析も急速に広まっているようです。

今でこそかなりマイクロアレイの費用は下がっていますが、当時1検体あたり25万円くらいかかっていたと記憶しています。TH先生はそれを惜しげもなく(?)、何サンプル分もドーンと使って、破骨細胞に特異的に増えている分子を同定したのです。

必要と判断したら、投資をためらってはいけないんだなということを実感しました。もう1つの興味深い工夫は、「RANKLのありなし」で比較したのではなく、「RANKL刺激と、RANKLの代わりにサイトカインIL-1を添加したサンプルとの間」で比較したことです。IL-1はRANKLと似たような細胞内シグナルを活性化するのですが、M-CSFとIL-1の組み合わせでは破骨細胞はできないことが分かっていました。「似た条件なのに結果は全然違う」2つのサンプルを比較することで、破骨細胞に特徴的に増える分子を見つけようとしたのでしょう。そこで見つかったのはNfatc1という分子でした。

佐藤 浩二郎

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