それにしても、ただ同じグループに属しているだけだった私にもトラウマを残したIRF-2ノックアウトマウスの解析が、その研究を中心に行っていたH田さんにどれほどのストレスをもたらしたかは想像を絶します。結局このプロジェクトは、ヒトの皮膚炎である乾癬との類似を提唱する形で2000 年にImmunity誌に発表されました。H田先生はこれで燃え尽きた・・・ということは全くなく、結局所属していた製薬会社を退職して大学の研究者となり、今は名古屋市立大学の教授をされています。多分最初は年収もかなり減ったのではないかと想像しますが、研究の持つ「怪しい魅力」に捕まってしまった好例だと思います。今でもしばしばH田先生には実験のアドバイスをいただいています。

さて、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎でIFN-αとIP-10が高値になっていることを見た瞬間にIFN-α→IP-10という流れを思い出したわけです。IRF-2KOマウスは「乾癬」のモデルとして報告していたのですが、実は皮膚筋炎のモデルだったのかもしれない・・・。

最近膠原病の代表選手である全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus, SLE)ではI型IFN受容体に対する抗体が治療薬として認可されました。SLEではI型IFNが高値であることが昔から報告されてきたのです。SLEは”type I interferonopathy”であるという見方ができます。しかしこの皮膚筋炎ではSLEに比べてもIFN-αとIP-10は更に高いレベルでした。むしろこっちの方がtype I interferonopathyと呼ぶのに相応しいのではないか?

実際、この皮膚筋炎に対しては強力な治療をすることになっていますが、速やかに血清IP-10のレベルは下がりますし、IFN-α2は測定限界以下になります。  

I型IFNの産生細胞としては形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cells, pDCs)が有名です(他の細胞も産生しているかもしれません)が、IP-10についてはどうでしょうか。皮膚筋炎の皮膚症状、Gottron徴候と呼ばれる皮疹が有名であり、その部分を生検したサンプルを利用してIP-10を蛍光染色すると、単球系のマーカー(CD68)と重なって染まってきました。一方CD4やCD8(それぞれヘルパーT細胞、キラーT細胞の有名なマーカー)とは一緒に染まりません(そもそもCD4陽性細胞、CD8陽性細胞はこの蛍光染色標本の中にほとんど見当たりませんでした。IRF-2ノックアウトマウスの皮膚とはかなり様子が異なります)。この結果から、単球/マクロファージがI型IFNの刺激を受けてIP-10を産生し、走化因子であるIP-10に対して集まってくる免疫担当細胞の主体もまた単球系である、というストーリーが考えられました。パラクラインと呼ばれるような分泌形式と考えたわけです。

ただ、最初に投稿した雑誌のレビューアーからは「CD68, IP-10が同じ部分で染まっていても、IP-10を産生しているとは限らない」というコメントがついてリジェクトをくらってしまいました。まあ確かに、IP-10を「取り込んだ」CD68陽性細胞も同じような外見になるかもしれません。しかし厳しい・・・

そのコメントを受けて、末梢血から単球を取り出して試験管内でI型IFN刺激を行い、用量依存性にIP-10が培養上清中に産生されることを確認しました。そのデータをつけて別の雑誌に投稿したら今度はOKが出ました。まあ辛口のコメントでも、それに対応しようとすれば論文の内容は通常改善するものです。(ただ、レビューアーから無理難題をふっかけられて内容が悪化するケースもある気がします。あまり酷い要求であれば反論する必要があります。)

佐藤 浩二郎

私的免疫学ことはじめ (68)← Prev     Next →私的免疫学ことはじめ (70)