「のり(糊)」に関するネットニュースに注目することになったのは次のような経過です。今回のKOマウスの胎仔から単球系の前駆細胞を十分量得ることはできませんでした。しかし、その前の段階の細胞、「造血幹細胞」はあるはずです。これが無ければ胎仔はもっと早い段階で死んでしまったはずだからです。問題は造血幹細胞が単球系の細胞に分化する環境が整っていないこと、あるいは造血幹細胞が十分に増える環境が整っていないことなどではないかと考えました。

 

造血幹細胞移植実験でやっていることは生体内(in vivo)で造血幹細胞を増やすことです。それがもし試験管内(in vitro)でできれば、移植までする必要性はなくなります。ただ、私には造血幹細胞についての知識はほとんどありません。せいぜい、CD34陽性の細胞のなかに造血幹細胞が含まれている、という研修医時代の知識程度です。そこでまず日本語で「造血幹細胞」「増やす」を検索したところ『「造血幹細胞」 文房具「のり」の成分使い初の大量培養に成功(https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2019/05/news/news_190531-4/)』のようなニュースが複数引っかかりました。東大医科研からの報告でした。

まあさすがに文房具ののりをそのまま使ったわけではないでしょうが、ニュースとしてのインパクトがあるのであえて文房具という言葉を入れたのでしょう。

造血幹細胞はどんな種類の血液細胞にもなる能力を備えた細胞で、成体では通常骨髄で分裂を繰り返していると考えられています。胎仔だと肝臓などです。しかし試験管内でそれを増やすことはかなり難しいようなのです。細胞外からの刺激を受けることで容易に性質が変わってしまうのです。「どんな種類の血液細胞にもなる」という能力を失ってしまっては意味がありません。普通細胞の培養には、様々な栄養素にと共に牛の血清を10%くらい加えて用いることが多いのです。血清中には様々な因子が含まれており、細胞の成長に有用なのですが、造血幹細胞培養にとってはそれが裏目に出ます。余計なシグナルが入ってしまいます。血清中に最も多く含まれているタンパクの一つがアルブミンというタンパクですが、これすら良くないらしいのです。なるべく細胞に余計な刺激を入れたくない場合、「無血清培地」で細胞を培養しますが、それでも1%くらいのアルブミンを加えている実験が多いようです。

佐藤 浩二郎

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