実際に、血清もアルブミンも添加せずこのポリビニルアルコール培地にトロンボボイエチンと、ステムセルファクターの2種類のサイトカインを加えてマウスの肝臓+aorta-gonad-mesonephros(AGM)領域をすりつぶしたものを培養し続けると、細胞の集合体が観察できるようになります。これを回収してM-CSF存在化に培養することで単球系細胞を得ることができるようになりました。しかしこれは言うほど簡単な実験ではありません。博士研究員の小又さんが色々な条件で細胞を培養することによってようやく可能になったことです。

この単球系細胞をM-CSFとRANKLの存在下で培養すると、予想通りTRAP染色陽性の多核細胞が得られます。KOマウス由来の場合は・・・多核細胞は得られません。これまた予想通りです。この実験の目的はそこではなく、その細胞を使ってトランスクリプトーム解析を行うことでした。それによってNfatc1のshort formが(転写因子として)直接誘導する分子を網羅的にスクリーニングすることができます。Nfatc1全体のKOマウスを使った解析の場合は、short formの標的分子以外にもmiddleやlong formの標的分子の発現が落ちてしまうおそれがありました。私はshort form特異的な標的分子が知りたかったのです。その中でも、1つ絶対に見つけたい分子がありました。それは「Nfatc1の活性を抑制する分子」です。

前にも書きましたが、破骨細胞分化の過程でNfatc1のshort formの発現は爆発的に増えます。これは「Nfatc1自体がNfatc1 short formを誘導する」ポジティブ・フィードバックのループが回るからだと考えられます。細胞が分化する時にこのようなポジティブ・フィードバックの仕組みはとても重要です。変化を加速させる仕組みだからです。逆に変化を抑制するネガティブ・フィードバックシステムは、細胞の恒常性(ホメオスタシス)を維持するのに重要ですが、そのシステムだけだと細胞には変化が起きないことになり、複雑な生物は誕生しないでしょう。結局どちらのシステムも重要です。Nfatc1が著増する仕組みは大変興味深いものですが、それだけでは細胞にとって破滅的な結果をもたらすはずです。まあ、マウスの破骨細胞を試験管内で分化させると数日内で次々に死んでいくので、実際にはブレーキ役が存在せず、破骨細胞が破滅しているのかもしれません。しかしブレーキ役はきっとあるはずだ、というのが私の信念でした。

・・・ただ、実際にトランスクリプトーム解析をする前に、ブレーキの候補分子は意外な形で浮上してきました。

佐藤 浩二郎

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