さて、TRAILがI型IFNで誘導されるメカニズムは大体分かったのですが、それだけだとなかなか論文にはまとめにくいです。「TRAILがI型IFNで誘導されて、それでどうしたの?」という質問が必ず飛んできます。その質問の回答となる、「生理的な意味づけ」があるとまとめやすいのです。

1つ気になっている現象がありました。I型IFNを産生させる刺激であるpoly I-Cという物質をマウスに投与すると、マウスの血液中のリンパ球が激減します。その時胸腺(T細胞の教育の場)は著明に萎縮しています。また、骨髄(B細胞の教育の場)中のリンパ球数も減っています。このような現象にTRAILが(I型IFNを介して?)関わっているのではないか、ということです。もしそうだとすると、TRAILを発現しているのはNK細胞以外の細胞かもしれません(しかし細胞の種類に関わらず遺伝子は共通ですからI型IFNによるTRAIL誘導メカニズム自体は不変のはずです)。万が一、胸腺におけるT細胞の教育(多くのT細胞が胸腺から出ることなく細胞死=アポトーシスに至る)に関与していたりすれば、それは重要な発見になります。このとき実験に利用できたのはTRAILの働きを打ち消す「抗体」だけでした。TRAIL遺伝子の欠損マウス(ノックアウトマウス)を作れば良いのかもしれませんが、数年間はかかる仕事になりますし(あまりにもリスキーで「大学院生殺し」などのあだ名がつくようなプロジェクトです)、教室の主要なテーマでもないのできっとゴーサインは出なかったでしょう。結局、抗TRAIL抗体を使った実験では説得力のある結果は得られず、仮説(=妄想)は妄想のまま終了しました。

しかしその後、TRAILノックアウトマウスを使った研究で、胸腺におけるアポトーシスが障害されている、という論文が出ています(Nat Immunol. 2003; 4: 255-260)。ところが一方で、同じくTRAILノックアウトマウスを使った実験で胸腺における教育(= selection)には異常がなかった、という論文も出ているようです(J Exp Med. 2003; 198: 491-496)。全く異なる2つの報告ですが、どちらが正しいのでしょうか? 2008年の論文(Int Immunol. 20: 267-276)は後者の報告に軍配を上げているようです。やはり妄想だったのかもしれません。しかしこの広い世界、似たようなことを考える人はいるものだと思います。

佐藤 浩二郎

 

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